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第四話 貴女のおかげで今、俺が成さなければならないことがはっきりと解ったのです

 身体を床に()せたままでは、この彼女一之瀬殿に礼を欠いてしまう。俺は敷布団の上で脚は投げ出したまま、上体を起こすのだ。

「一之瀬殿ではござらぬか、いったいこんな夜更けにどうされたのだ?」

 ―――哀しいのかもしれぬ、彼女は。彼女、俺に近づいてくる一之瀬殿の顔の表情は、俺が見る限りそれは憂いを感じさせるものだった。


第四話 貴女のおかげで今、俺が成さなければならないことがはっきりと解ったのです


「―――」

 一之瀬殿はしずしずとゆっくりと寝ている俺の布団の傍まで歩いてくると、しゅっ、っとその美しい動作で、俺の枕元の・・・頭のすぐ上ではなく、俺の傍らに正座をする。

「あぁ小剱 健太様、健太様、起きて・・・いらしたのですね」

「うむ。その、あ、いや―――ふむ、大丈夫かな?一之瀬殿」

 ふむ・・・、一之瀬殿の声は、憂いを含みか細かったのが、少し俺の心に留まったのだ。そして、この俺が一之瀬殿の声と、雰囲気と、彼女の心の機微を違えるようなことは起こるはずがない。

 なにせ、一之瀬殿彼女と俺は―――共に仲間として日之国の警備局で互いに背中を預けあい、共に敵と戦った仲なのだから。互いに死線を潜り抜けた一之瀬殿と俺は戦友にも等しいものなのだ。

「はい。・・・私は大丈夫でございます、健太様」

 俺は要領を得ない一之瀬殿にもう一度。

「ふむ、一之瀬殿このような夜更けにいったいどうされたのだ?」

 灯りも点けずに、俺の傍らに正座をした一之瀬殿がただただ深々と首部(こうべ)を垂れた。

「健太様、今朝は動転してしまい、申し訳ありませんでした、私が貴方のお祖父さまである愿造(げんぞう)さまにお話を伺ってみたところ・・・その私の・・・思い違いでした。・・・私は己を恥じました。己の恥ずかしさに私はもう居ても立っても居られなく―――こうして、このような夜更けだというのに、貴方のもとへと足を運んだという次第なのです。その、、、木の床で打たれた頭は大丈夫でございますか?」


 おっと、そうだったな。一之瀬殿はやはりいい。一之瀬殿のその言葉はいつも俺にひらめきを与えてくれるのだ。もちろんアイナ殿のその言葉も、だ。

「そうだ」

 そう、俺は朝稽古で祖父と。そうだ、未だ祖父との稽古は終わらず。祖父との稽古はまだ終わっていないはずだ。一之瀬殿のその言葉でそれを思い出すことができたのだ。ありがたい。じぃっ、っと俺は一之瀬殿を見つめた。本当にいつも感謝する。俺は無言の代わりに眼で、その視線で一之瀬殿に礼を述べた。

「・・・あ、あの健太様・・・そ、そのように強く・・・私を見つめられますと―――・・・私―――、その・・・っ///」

「・・・」

 やはり己の口を以て言わねばならぬ。なぜかと言えば、俺が一之瀬殿を見詰めれば、見詰めるほどに、一之瀬殿のその視線が伏せられていったからだ。これでは俺が無言の圧力を目力でかけているように、責めているのだ、と勘違いされてしまうというものだ。そうではあるまいか?

「一之瀬殿、ありがとうございます。貴女のおかげで今、俺が成さなければならないことがはっきりと解ったのです」

「え・・・私っ・・・っ/// あ、・・・その・・・健太様・・・っ・・・私もその―――っ///」

「ではさらばだ、一之瀬殿。また会うその日まで」

「―――は?」

「すまぬ、一之瀬殿。俺の布団はそのまま敷いたままにしておいてくれてかまわぬ。しかし、火急の用を思い出したのだ、俺は」

 そう言い残すと、俺は我が愛刀と我が衣をその手に取り、自室をあとにするのだった。

「え? け、健太様・・・どちらへ? ・・・どちらへっ・・・健太様っ!?」

「・・・さらば、一之瀬殿っ。俺はこの五世界の巨悪を倒し、剱聖になるのだ・・・っ」

 俺は自身の思いを一之瀬殿に告げ、『俺は、あの地の彼方の先を目指して俺は征く―――』のだ。


 祖父の(いおり)の外に広がる前庭―――、美しき白銀の月光の調べ―――、そこで、その庵の庭で俺は思わず立ち止まったのだ。

 薄明るい中空に浮かぶまん丸い白く輝く月を見上げ―――

「今宵は綺麗な月だ―――」

 俺は白銀に輝く月光の下、祖父の庵へと脚を進めるのだった。



「・・・・・・」

 見えてきたのだ、あれが俺の祖父であり、師匠の庵だ。俺は庵の外にて静かに佇む。この障子の向こう側に俺の師匠がいる。

 すぅっ・・・っと、俺はしゃがみこみ、左脚は立膝で。

「御師匠様、夜分に申し訳ありませぬ。もしよろしければ今朝の稽古のお続きを、この不肖(ふしょう)の孫小剱 健太のお相手してくださいませ・・・っ御師匠様ぁ・・・っ」

 俺はまん丸い白銀の月の下、祖父の庵の前で、その庭先で喉元から絞り出すように祖父に呼びかけるのだ。

「御師匠様ぁっ―――俺は強くなりたいのです・・・!! 俺はこの五世界に蔓延(はびこ)る巨悪を倒し、巨悪に苦しむこの五世界の人々を救いたい!! 俺は―――っこの五世界を救いたいのですっ!!」

 さーっと―――

「っつ!!」


 そのとき祖父の庵の障子がさぁっと開いたのだ。一歩、すぅっとその影は俺のもとへと進み出る。

「健太よ」

 庵の庇は白銀の月光を隠す。如何(いかん)せん、その所為(せい)で祖父の胸から下は月光で見えど、それよりも上、祖父の御尊顔(ごそんがん)を拝むことはこの俺にできなかったのだ。よい、これで良いのだ、健太よ、と俺は自分自身に言い聞かしたのだ。心に秘めたこの思い―――五世界に蔓延る巨悪を俺は打ち倒したい、と、その思いを俺はようやっと口にする―――。いざ、できようぞ。

 俺は祖父の答えを、その顔を見るのが怖い。祖父であり、師匠の愿造殿はもしや、孫の俺の願いをお赦しになられぬのか、と。

 庵の(ひさし)の影に隠れて祖父は言う。


「・・・ふむ、我が孫健太の願い、この小剱 愿造、相聞き届けた。征くがよい、この五つの大地のその果て隅々まで、我が孫よ」

 まさか、この俺の、不肖の孫小剱 健太のお願いを聞き届けてくださるとは・・・!!

「おっ御師匠様ぁっ・・・!!」

 俺は涙が出るほどうれしかったのだ。よもやこの俺の願いが通るなどと。この祖父のあたたかいその言葉―――。この陽だまりのようなあたたかい祖父のこの言葉。この安寧の地を離れて旅路に発とうとするこの俺を祖父は赦してくれたのだ・・・!! このようなうれしいことはないのだ!!

 きしっ。庵の外側の木の床が僅かに軋む。

「―――っ」

 御師匠様だっ。俺の祖父であり御師匠様がゆっくりと俺に向かって歩いてこられるのだっ!! 白銀の月下、俺が尊敬し、敬愛する祖父にして御師匠様が。きっと、その無我の境地に至っているかのような表情で正座の俺を見降ろしているに違いないのだ!! 俺は未だに面を下げたままであるゆえ、祖父の御尊顔を見遣ることなどできぬよ。

「―――」

 きっと俺は祖父に上から見つめられているのだ。その証こそ、剱氣なのだ。蛇に睨まれた蛙のように俺はピクリともその身体を動かすことができぬ。そう、俺はその祖父の剱氣に気圧されているのだ。

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