第二話 俺の剱聖への道は険しいぜっ 二
第二話 俺の剱聖への道は険しいぜっ 二
「!!」
祖父ちゃんの足元に、祖父ちゃんがその右手に持っていた祖父ちゃんの木刀がカランコロンっと転がったんだ。木刀を無造作に、力を加わえて投げつけ捨てたんじゃない。ほんとに優しくやさしく、まるで、真夏の炎天下のコンクリート道で、不幸にも裏返って手足をジタバタさせるカナブンが間違って、誰かに踏まれないようにするために、そのカナブンをやさしく拾い上げて、道端の草むらに投げてあげる、そんな要領だ。
「ふふっふむ、なるほどのう」
祖父ちゃんは楽しそうに笑う。
「小剱流霞ノ構真刃牙―――ぁッ!!」
「またそのような『まじんが』などと言いおってからに『真刃牙撃』と言うたであろう・・・? やれやれ・・・」
はぁっと祖父ちゃんは俺にも分かるように深く呆れたかのような溜息を。
「はああああっ!!」
俺はまるで木刀を一文字に、刺突の要領で。狙うはその・・・一撃目は頸元、二撃目は鳩尾―――言っておくが、でも試合だ、死合じゃない。本気で祖父ちゃんの急所に当てようなんてそんなことは思ってないさ。寸止めだ。
「―――・・・」
ゆらぁ・・・、ふぅっ―――っとその祖父ちゃんの姿が掻き消え―――・・・
「ッ!!」
ばっばかなっ!! ―――俺の間合い、視界から祖父ちゃんの姿が消えた、・・・だと!?
「健太よ、儂の動きをよく観ておきなさい」
「っつ!?」
ひ、ひぃ!? そして、俺の本当にすぐ近く・・・まるで耳元でその祖父ちゃんの静かな声。
い、いつの間に俺の懐に入り込んだんだ!? く、くそっこのまま薙ぎ押してやる!! がしっ
「えっ・・・!?」
ひっひえっなんで!?俺の竹刀ががっちりと固められていて振り抜けないなんてっ!! そんなバカなっうそだろ!!―――ちらっ、っと俺が木刀を握る自身の手元に視線を持っていけば―――、がっ!!、がっちり、っと。
「ッ!!」
祖父ちゃんは手の甲で、俺の木刀を持つ両手の側面を、つまり俺の木刀を握る両拳を抑えつけるように俺の胸との間に挟み込んだんだ。
「―――」
しゅるりっ、っとまるで流れるようなそのきれいな所作で、木刀を握る俺の両手を絡めてそのまま俺の手ごと柄を握る。ウ、ウソだろ!?祖父ちゃんは無刀だぜっ? なのに、俺の木刀を無力化するなんて―――できるなんて―――
「ッ!!」
そうして祖父ちゃんは、祖父ちゃんは俺の手を握り締めたまま、くるりっと裏返る。じ、祖父ちゃんの背中が見えるぜ。ははっ―――俺ってばどうしたんだろ? ははっ俺の身体が浮いてるぜ~。いぇーいっ♪
「う、うわぁああああっ!!」
そのまま、俺は祖父ちゃんに背負い投げをされて―――
「せや・・・っ!!」
祖父ちゃんの掛け声と共に。
「カっ・・・ハ・・・!!」
一瞬見えた道場の木の天井・・・でも俺は、その天井の染みをよく見ることもできず、俺の視界は白くなって―――バタンキューぅっと、それからあとは黒くフェードアウトしていったんだ・・・。
///////////
あぁ・・・俺は、俺は―――
「うぅ・・・、・・・」
眩しい。白い・・・光が俺の、目を襲う・・・―――、うぐ・・・俺はますます目を固く閉じ―――、ここはどこだ。どこなんだよ・・・っ
「!! き、気が付きましたか、健太!?」
「・・・うぅ・・・俺は・・・」
目を開くと明るいし、せめて目がこの白い外の光になれるまでは・・・。ゆるゆるっ、っと俺はその自分の手を白い光に伸ばす。俺は必死に手を伸ばして手探りで周りを探る。
「け、健太っ!? そ、そんなに右手を伸ばして、どうかっどうかされたのですかっ!?」
くそっあのすけべ祖父めっ、春歌とアイナは俺のなのっ!!
「あ、あぁ・・・、そこにいるのは」
そこにいるのは・・・きっとさっき俺を投げ飛ばした祖父ちゃんだろう。そうに決まってるぜ!!あのチート祖父め。
「け、健太っ私はここですっ、ここにいますよっ!!」
ここにいるだと!! よ~し、鼻でも摘んでやれっむぎゅっ
「っ♪」
「わぷっ!! ちょっ健太っ!?」
へへっこの俺の手の平に当たるこのあたたかくて柔らかい感触は―――やっぱ祖父ちゃんの鼻だぜっ♪ へへっ
「わッ!?健太っちょっ・・・!!」
ついでに手の平を使って頬をネコマッサージだぜ♪
「ははっ」
むぎゅむぎゅむぎゅっ、こ~ねこねこね♪
「ちょっわぷっ!! 健太っ・・・!!」
このとんがった三角の柔らかい、でもこりっとした突起は・・・祖父ちゃんの鼻だ。
「・・・柔らかい、なにか・・・―――」
そうっこれはきっと祖父ちゃんの鼻だ。よくも遠慮なく俺を床に打ち付けやがったな。少しは手加減してくれてもいーもんなのにさ。よぉーし、それそれっ摘んじまえ♪ むぎゅっ
「な、何が柔らかいっ・・・なんて・・・ほんとは目が覚めていて、ちょっ健太っ私の鼻を摘まんでなにがっ―――」
そぉーだっいいこと思いついたぜ♪ ははっ♪ むぎゅむぎゅぎゅぎゅぎゅ~♪ ののの~祖父ちゃんの顔に人差し指で絵を描いてやれってんだぁっははっ♪
「へのへのもへじ~っと、福笑いっ♪ ははっ・・・♪」
俺は左手も伸ばし、祖父ちゃんの頬を両手で挟み込み、むぎゅぎゅっぎゅう~。
見えろ!!見えるんだっ!! あのおらおら祖父ちゃんの吠え面を拝んでやるぜ~
「ふんふんふ~ん♪」
その願いが通じたのか、徐々に俺の目がその外の眩しい光に慣れてきて―――、視界がはっきりと見えるように戻ってきて―――。
「ふえ?春歌!? えっ!?」
あれぇ? 祖父ちゃんじゃなくて―――
「春歌じゃねぇか?」
「っ・・・ふっふふ・・・っ」
ひっひぃっ!!俺の両手は春歌のその、まさに俺の両手は、春歌の顔をむぎゅうっと挟み込んで、まるで餅を捏ねるように挟んだり、捏ね繰り返したり―――
「ま、まさか春歌たん・・・だったのか? い、いや・・・ち、違うんだ、俺っ、こ、これは違う・・・違いますぞ? ―――っ!?」
春歌の顔が、にこぉっ、っと引き攣っていく・・・!! 僕もう春歌の顔が怖くてちびりそうですっ!!
「へのへのもへじに福笑い?そんなに私の顔はおもしろいのですかっ健太・・・?」
にこにこっ
「ぃっ!!」
春歌たんのこの引き攣った笑顔ちょーかわいいぜっ!!
「に、・・・にこっ」
にこっ、っとだから俺も春歌たんに笑顔返しだぜっ。
「あ、貴方のその様子なら大丈夫ですねっ。今こちらに急ぎ帰ってきているアイナさんが帰り次第彼女にもそう言っておきますね」
すぅっ、っと春歌は膝を引き―――、あれぇ?俺の頭が宙に浮いたよ? すっくと、そんな浮遊感を感じる俺の頭。その一方で―――寝転んだままの俺の傍で春歌は立ち上がり―――ごんッ!! 俺は道場の床で頭ごんッ!!
「ふげッ!!」
痛ぅ―――っ、い、痛い・・・。地味に痛いぜ、、、頭・・・。