第一話 俺の剱聖への道は険しいぜっ
序文 剱聖への道
第一話 俺の剱聖への道は険しいぜっ
俺は祖父ちゃんと対峙していた。俺達の互いの得物は木刀だ。
「いくぜ・・・っ祖父ちゃん・・・！！」
祖父ちゃんの構えは、全身の力を抜いているような本当に自然体というやつで、その右手に持つ木刀はぶらりと下段の構えだ。
「よかろう、健太。いつでも、どこからでもかかってきなさい」
「せいッ！！」
俺は軽やかな足取りで左脚を、素早く道場の畳の上で軽やかな足運びでササッと木刀を繰り出した。勢いよく小手調べの要領で、正眼の構えた木刀の鋩で祖父ちゃんの小手を狙った、というわけだ。もちろん祖父ちゃんの手を砕くようなことはしない。寸止めだ。
「―――・・・」
祖父ちゃんは口元を一文字にし、無言で、でも剣術にひたむきに向き合うときのその眼には鋭い眼光を点すんだ。
「っつ・・・！！」
俺の小手調べを、祖父ちゃんはまるで土手に植えられたヤナギの枝のような身のこなしで躱し―――さすがだ・・・！！ 俺の太刀筋が完全に見切られている・・・！！ そんな祖父ちゃんは僅かに上体を逸らしただけで、俺の木刀を避け、代わりに俺の木刀は空を切った。
「―――」
俺はこんなときいつも複雑な気分になる。自分の木刀の太刀筋が祖父ちゃんに避けられたというのに俺は嬉しく思うんだ。俺の祖父であり俺の師匠でもある小剱 愿造―――その祖父という存在は俺の誇るべき存在と言っても過言じゃない。
「ハッ！！」
俺の小手調べの一刀は祖父ちゃんに当たることはなく、空を切ってしまったが、俺は木刀を握る両手とそれにつながる両腕を捻るようにして、今度は返す刃で切り上げる。
「―――」
祖父ちゃんは、俺のその木刀の切り上げる太刀筋をも正確に読み、ささっと素早く半歩右に動いて、だから俺の木刀の太刀筋はまたも空を切った。次の回し切り―――っ！！ でも俺の木刀はまたも、ぶぅんっと空気を、空を切る。
祖父ちゃんはその俺の回し切りさえも読んでいて、半歩右に動いて俺の斬道を苦もなく躱したんだ！！そういうことだ。
めぇーんっ！！ ―――ふぅっ・・・っと祖父ちゃんは、
「くそ・・・っ！！」
まただっ。また俺の太刀筋が祖父ちゃんに易々と読まれた・・・！！ なんで、なんで掠りもしねぇんだ―――いや、掠ってくれなくてもいい、せめて切り結ぶだけでいいのにさっ・・・！！
「まだまだよのう健太よ。そのようにカリカリとしておっては当たるものも当たらまいて、ほれほれ」
ほれほれ、くいくいと祖父ちゃんはその右手を開いて前後に、―――俺にかかってこいってことかっ。いいぜっ乗ってやる！！
「祖父ちゃん、舐めるなよ・・・！！」
俺は右脚を半歩前に出して祖父ちゃんに向かって大手をもって振りかぶる・・・！！
「・・・ふむ、ではこうしようかのう」
やばい！！くそっ祖父ちゃんの術中に嵌っちまった！！ くそっ俺が祖父ちゃんの挑発に乗っちまったせいだ。
「ッ！！」
俺がそう思ったときにはすでに遅かったんだ。祖父ちゃんは、その左脚を静かに音もなく己の足元に半歩退く―――。ぶぅん・・・―――、そうして祖父ちゃんの木刀が風音を伴って遥か足元から昇ってくる―――！！
「う・・・うわっ・・・―――！！」
情けねぇ。俺ってばどれだけ情けないんだよ・・・！！ 俺は情けない声を出して―――でもカンッ！！と祖父ちゃんの木刀は受け止めることはできた。道場で鳴り響く甲高い木刀同士が激しくぶつかり、祖父ちゃんの木刀と俺の木刀が切り結ぶ小気味のいい音―――っ。でも、聴いているだけじゃ分からないって。今まさに真剣勝負をしている俺の気持ちは。
「う、ぐッ！！」
びりびり―――っ、じぃん・・・っ痛ぅ。お、俺の手が―――。強い打ち込みで俺の両手両腕に衝撃が走る―――！！
俺はなんとかようやっとのことで、祖父ちゃんが下段から繰り出してきた木刀の斬撃を、自分の両手で握る木刀を振り下ろすことでなんとか受け止めることができた。できたんだけど、祖父ちゃんの木刀は・・・―――ほんとにきつい！！
「く・・・くそ・・・―――ッ！！」
ッえ！！ ぐ、ぐぐ―――っ。祖父ちゃんの力に負けて、徐々に俺の腕が自分の身体に近づいていって―――ば、バカな・・・！！ ウソだろ！？ 俺が祖父ちゃんに圧し負ける・・・！？ 技の熟練度ではともかく―――、力では若い俺のほうが―――強いに決まってる―――、なのにそれなのに、なんでだよ・・・ッ！！ 俺のほうが祖父ちゃんより半世紀は若いんだぞ！？
ずずっ、ずりずり―――
「ッ！？」
そればかりか、俺の身体ごと徐々に圧し返される―――！！
「我が孫健太よ、これまでのようだな。どれ―――」
「な、なにをぅ・・・っ祖父ちゃんこそ・・・！！」
「ほう？」
にやりっ、っと祖父ちゃんはその口角に、俺から見て左の口角をうすく吊り上げる。ぞわぞわっ・・・―――、っとそんな怖気。
「くッ！！」
やばいっきっとなにかの大技を繰り出してくるぞッ俺の祖父ちゃん・・・！！ その瞬間に、俺は祖父ちゃんの剣氣のようなものを肌で感じ取り―――、ダンっ、っと俺は両脚に力を籠めてバっと後方に跳ぶ。
ぶんっ―――、俺が後ろに跳んで躱した瞬間に祖父ちゃんの木刀は空を切り裂き―――
「―――！！」
―――その風圧を肌で感じたんだ。っ！！あんな斬撃をまともに喰らったらシャレになんねぇぜ・・・！！
「―――」
だったら―――今度は俺のほうからやってやる！！ にやり。今度俺の番だ、とばかりに俺は口角を吊り上げた。
「見せてやる、祖父ちゃんっ！！」
「ほう・・・？」
その余裕の、まるで俺のことをまだまだガキ扱いする、そのにやにやとした顔を焦りの色に染めてやるぜ！！
あんたの失踪後、子どもの頃の『僕』が『俺』になるまで、俺がどれだけ小剱流剣術に賭けてきたかを、なッ―――いくぜッ祖父ちゃん―――いや、愿造師匠ッ！！
「―――ッ！！」
決める。勝負は一瞬だ―――！！ 俺の持てる全て、小剱流抜刀式の粋を集めて決める・・・ッ！！ さ、ささっ―――柄を握る右手と左手、両つの腕を交差させ―――
「征くぜ、祖父ちゃんっ―――小剱流霞ノ構―――」
ダッッと俺は道場の木の床を蹴りつけ―――祖父ちゃんへと肉薄し―――、
「っつ・・・！！」
っつ！！ カランコロンっ・・・と。くっくそっ・・・―――孫で弟子の俺を相手するというのに、するというのにその得物すら要らないってか・・・祖父ちゃん！！ ずいぶんと孫の俺を軽く見るんだな！！ いいぜ！！だったら―――俺だって本気で！！
