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傷だらけのローラ

作者: chiki

僕がローラと初めて出会ったのは…そう、3年前のこと。

今でも、秋風が吹く頃になると、

ローラ、君との出逢いを思い出すんだ、ローラ…。


あの頃僕は、神戸の大学に通っていた。

そして、船乗りになりたかった僕は、

夕暮れ時になると決まって港に船を見に行った。

夕日が港の様々な国の船を照らし、

あたりをまるで夢のような光景にしていた。


その時である。

髪の長い女が突然、海に飛び込んだのだのは。

僕は「自殺だ!」と思い、すぐに海へと飛び込んだ。

水泳には自信があった。

しかし、秋とは言っても、海は氷のように冷たかった。

濁った海水の中に、かすかに沈んでいくものを見つけた。

僕は懸命に泳いだ。

なんとしても救わなければ…。

意識がどんどん薄れていった…。


気がつくと、白い病室に僕は横たわっていた。

「あの人は…。」

「大丈夫、助かりましたよ。」と医師が言った。

見ると、隣のベッドにその女性は眠っていた。

金髪の色の白い人だった。

美しい…。実に美しい少女だった。

僕はしばらく見とれていた。

すると、少女は目を覚ました。

「ここはどこ?」

「病院だよ。」

「死ねなかったのね、私…。」

「何を言ってるんだ!助かったんだよ!」

と、突然、少女は狂ったように、

「死なせて!」と叫んだ。

医師が慌てて駆けつけ鎮静剤を打った。

すると、少女はだんだん落ち着いてきた。

しかし、何がこの幼気な少女をここまで追い詰めたのだろう。

僕に何かしてやれることはないのか。

この時、もう僕はこの少女に恋をしていたのかもしれない。

思い切って尋ねた。

「君…どうして自殺なんか図ったんだい?」

「あなたになんか…あなたになんかわからないわ!」

「どうして、そう決めつけるんだ。

話してみないとわからないじゃないか。

僕でも何か力になることができるかもしれない。

さあ、話しておくれ。」

しかし、少女は心を閉じて、黙って窓の外を見るばかり。

長い長い沈黙が続いた。

見ると、少女の細い肩は小さく震えていた。


あたりには夕闇が迫り、夕陽が白い病室に差し込んでいた。

少女はぽつりと言った。

「私ローラっていうみなしごなの。

父はフランス人、母は日本人だったって孤児院の先生が言っていたわ。

私には3つ下の弟がいたの。

両親がいなくても弟と二人きりの生活は楽しかったわ。

でも…。」

少女は不意に泣きじゃくりだした。

僕は困ってしまった。

人に言えないような暗い過去があるようだった。

「ね、いいよ、もう話さなくたって。

嫌なことを思い出させてしまったみたいだね、ごめんね。」

と、僕は立ち上がって病室を出ようとした。

「待って!聞いて欲しいの。あなたならわかってもらえそう…。」

懇願する少女の瞳を見て、

この少女を救えるのは僕しかいないと確信した。


「私の弟は…一昨日死んだわ。被曝症だったのよ。

母が当時広島にいて被曝してたらしいの。

知らなかったのよ!かわいい弟の身体が蝕まれていたこと。

悔しかったわ。

そして、この世でただ一人の肉親に死なれてたった一人に。

ひとりぼっちになったんだと思ったら、

私、もう、生きて行く自信がなくなって、

ふらっと外に出たの。

気がつくと港に来ていたわ。

港に浮かぶ船を見てると、その中にフランス行きの船が見つかったの。

父の故郷フランス…。

見たこともない父だけど、あの世に行けば死んでしまえば、

父に、そして母にも、弟にも逢える!

そう思うと足が地面を蹴って、私の身体は宙に浮いていたの。」

「ローラ…。」

こんな悲しみが、少女に襲いかかっていたと思うと僕はたまらなかった。

今まで何不自由なく暮らしていた自分が憎くさえ思えた。

「私は、もう、ひとりぼっち…。」

「ローラ!」

僕はローラの手を握りしめて叫んだ。

「君は一人なんかじゃないよ!僕がついてる!」

あたりはもう夜になっていた。

月が二人の顔を明るく浮かび上がらせていた。


やがてローラは退院し、僕のアパートで暮らすようになった。

あの悲しみに沈んでいたローラはもうどこかへ消えてしまい、

すっかり明るさを取り戻し、日に日に美しくなっていった。

僕にはそれが眩しくてたまらなかった。

僕はローラをフランスに連れて行きたくて一生懸命働いた。

大学の勉強と仕事は想像以上に僕を疲れさせた。

が、ローラの為と思うと、辛くなんかはなかった。

二人のパスポートも取った。


だが、そんな幸せもつかの間のことであった。

ローラが倒れたのだ。

悪い予感が僕の頭をよぎった。

「まさか、まさか、ローラも…。」

予感は的中していた。ローラも被曝症だったのだ。

僕は運命というものを呪った。

酒を浴びるように飲んだが、どうにもなるものではなかった。

病院で日に日に衰えていくローラの姿を見るのは、

とても辛いものだった。

僕には死を迎えてようとしているローラの姿をただ見るだけで、

何もしてやれることがない。

自分の無力さに打ちひしがれた。

出来ることなら、この僕の命をローラに捧げたいとさえ思った。

だが、ひとつある。

この僕に出来ることが。

それは残された日を僕の愛で包んでやることだ。

幸せ薄いローラにせめて幸福な死に方をさせてやりたかった。


毎日病院へと通った。

そして、ローラと儚くも幸せなひと時を過ごした。

「ごめんなさい。迷惑ばかりかけて…。

私やっぱりあの時死んでいればよかった…。」

「何を言うんだよ!生きるんだよ!

死なんて考えてはいけない。

きっと治るよ。頑張るんだよ!」

とは言ったものの、ローラの死は確実に近づいていた。

もう祈るしかなかった。

教会に行き、祈り続けた。


僕は一大決心をし、借りられるだけの金を借り集め、

フランス行きの船の切符を手に入れた。

思い切り明るく病室のドアを開けて叫んだ。

「ローラ!喜んでくれ!フランスだ!フランスに行くんだよ!」

「え?」

ローラは驚きの声をあげ、ベッドから身を起こした。

「お医者さんの許可も取ったし、さあ、早く支度をして。」

もう医者もあと数日の命だから、

好きなようにさせてやるようにと許してくれたのだ。

無謀なことだったが、一目フランスを見させてやりたかったのだ。

ローラは夢に見たフランス行きの実現を喜び、

心なしか元気になったように見えた。


僕たち二人はその日のうちに日本を発った。

船の中でローラは、とても病人のようには見えないくらいはしゃぎまわった。

夜になると甲板に出て二人で星を眺め、嘘のような幸せな時を過ごした。

どうか、この幸せがいつまでも続きますようにと

満天の星に祈った。


そして、何日経っただろう。船はフランスへと近づいた。

「見て!ほら!フランスだよ!

ローラのお父さんの故郷、フランスが見えたよ!」

僕はローラを甲板に連れ出して叫んだ。

「あれが…あれがフランスなのね。私、フランスに来れたのね。」

「そうだよ!」

「夢ではないのね…。」

ローラは僕の腕にすがって泣き出した。

ぼくはもう、このローラが死ぬなんて信じられなかった。

こうやって二人来られたんだもの。

神は僕たちを救ってくれたんだ。

奇蹟が起こったんだ。

僕は本気でそう信じた。


そして遂に船はフランスに着いた。

「ローラ、着いたよ。さあ、降りよう。」

ローラは返事をしなかった。

「ローラ⁉︎」

僕は心臓をえぐられたようなショックを感じた。

ローラは、ローラは僕の胸の中で冷たくなっていた…。

「ローラ!ローラ!ローラー!」

何度叫んでも、長いまつ毛の瞳は二度と開かなかった…。

「ローラ…。」

僕は甲板に崩れ落ちた。

目の前の、さっきまでフランスに来られたと喜んでいたローラはもういなかった。

腕の中には、幸せと喜びに輝いている美しい冷たくなったローラがいるだけ。

何てことだろう!

夢にまで見たフランスの土をもう少しで踏めるところだったのに。

残酷な運命に引き裂かれた二人。

祈りも、誓いも、この愛も、死という宿命には勝てなかった。

「ローラ…僕はこんなに君を愛していたのに…。」


もう全てが終わった。

ローラのいない世界。生きていく意味なんか…。

死さえ考えた。

だが、僕はローラの分まで力一杯生きることにした。

僕が死んでもローラは決っして喜びはしないだろう。


「私の分まで生きて。しあわせになって。」


僕には、そんなローラの声が聞こえたような気がした。

いや、聞こえた、確かに。

僕には、ローラ、君の声が…。


THE END






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