ミツエ(50)
実際のコインランドリーをモデルとしているわけではありません。
今日も夜10時から出勤。
小さく息をつきながら、タイムカードを切る。
仕事は単純。清掃、監視。
考えることもいつも同じ。明日の夕飯のおかずと日用品のセール。
でも、あの日は違った。
あの日も、ペットボトルに詰め替えたお茶を飲みながら監視カメラを眺めていた。
と、私は思わず自分の目を疑った。
監視カメラに映る、くたびれた顔。
彼だ。
思わず事務所の扉を開ける。
「…悟くん?」
彼はいぶかしげな顔でこちらを見つめる。
当たり前だ、20年ぶりなのだから。
「みっちゃん?」
壁に備え付けられたベンチに腰かける。少し離れて。
最初に口を開いたのは彼の方だった。
「…しばらくぶりだね。元気、だった?」
「この年になると、駄目ね。息子が働きだしたのが唯一の救いかしら」
「そうか…息子がいるのか、まぁ当たり前だよな」
「悟さんは?20年前は綺麗な奥さんの写真、見せてくれたじゃない」
「…いや、お恥ずかしい話、10年以上前に出ていかれたよ、まぁうちには子供はいなかったんだけど」
「まぁ、ごめんなさいね」
「いや…いいんだ。それでこんな親父が夜中にコインランドリーって訳さ」
「うちは二人揃ってるだけまだいい方なのかしら」
「…でも、こんなさびれたコインランドリーで働いているところ見るとみっちゃんにも何かありそうだな…いや、訊かないけど」
「ふふ…うちは旦那の会社がつぶれて。もう年で日雇い位でしか雇ってもらえないから私がこうやって…」
「良いとこの課長だったはずじゃ…」
「どこも不況だもの」
二度目の沈黙を私は笑い飛ばそうとした。
「こんな暗い話はやめま…
「なぁ、俺たち、大学時代のままだったらどうなっていただろう」
私は彼が急に握って来た手を静かに払って言った。
「思い出を掘り返すのはやめて、今は今。これが現実。あの頃は楽しかったけど、それだけよ」
三度目の沈黙を破ったのは、彼のかけた乾燥機。
「じゃ、」
と言っただけでさっきまでのことが嘘だったみたいに彼は去っていった。
あれから2ヶ月。監視カメラにもう一度彼が映ることはなかった。
いまでも時々考えてしまうのだ。
―あの時。私があの手を握り返していたら。私は今もこのコインランドリーで働いていたのだろうか。
考えるだけ無駄だ。
私は頭を降って床を掃いていたほうきを持ち直した。
うーん、まだ酸いも甘いも噛み分けてないから解らない。