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悪VS了

 一体全体なにが悪いのか――そんなものを断定した時点で、悪は悪以外の何ものでもなく、もはや、次第に悪という言葉自体が形骸化して、本当に悪いものを悪くすることができなくなるだろう。


 悪はいつまでも悪ではなく、悪も悪くないことだってある。悪が正しいことだってある――いや、そんなことはない。なにを言っているのだ。悪は悪だろう。言葉通りの意味で悪に決まっているだろう、と仰る方はいるだろう。


 そうだろうか。悪は、善ではないのか。悪いとは、どんな意味なのだろう。だれかにとっては悪だけど、みんなにとっては善だったら、それは善だということにならないのだろうか。


 どこからが善でどこまでが善でないのか。


 どこからが悪でどこまでが悪でないのか。


 もしかしたら、善と悪は――表裏一体かもしれない。だとすれば、善と悪を分ける必要がないだろう。どっちでも構わなくなるだろう。だが、それでは世間のみんなが納得しないだろう。みんなにとって悪だと、やっぱり、それは悪なのだ。


 さて、前述を読んで、なにを当たり前のことを言っているんだ、と思っている人がそれなりにいることだろう。もしくは、意味不明で、どうでもいいと思っている人がほとんどかもしれないが。


 まあ、ぼくが言いたいのは善は悪で、悪は善だというだけのことなのだ。どうして、そんな論理になるのかぼくにもわからない。


 ――ただ、なんとなく言ってみたかっただけだ。


「くそ巫山戯てやがる」


 すると、ぼくの目の前に――やつが現れた。


 悪が、いたのだ。そいつと戦闘になる。ぼくはすかさず、拳銃を取り出した。意味はなく、拳銃を取り出した。意味はないのに、発砲する。すると、悪は動かなくなった。そもそも悪は動かないが。そんな茫洋とした概念が動いたらびっくりだ。


 ぼくはやつを倒した。こうして、世界の平和を守った。そして、ランカーに一歩近づいた。


 ぼくがいる限り、この世に悪だけ栄えない。善悪両方が栄える。だって、悪は誰かにとっての正しさなのだから。悪は誰かにとっての善なのだから。善だって、誰かにとって正しくないのだから。善だって、誰かにとって悪なのだから。


 否――ぼくがいなかったとしても、善悪は栄えただろう。だから、どうでもいいのだ。


 誰かにとっての悪は、誰かにとっての悪なのだ。なら、誰かにとっての善は、誰かにとっての善だろう。そう言い切ってしまえば、その時点で終わっている。始まることすらしないで、終結している。ずっと、そのままだ。


 ずっと、悪が悪なら、ずっと、善も善だろう。もはや、その言葉の意味が形骸化している。意味が全然ない。意味があるのに――意味がない。言葉としての意味はあるが、意味としての意味がない。そうなると、人間にとってあまり役に立たない、単なる記号でしかなくなるのだ。

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