日向VS了
廃墟にいた。錆びついた梁が剥き出しになった建物が、ちらほらと見かける。どうやら、ここまでワープしてやってきたようだ。ある座標から、他の座標に転移した。そして、いまぼくはここにいる。
辺りは閑散としていた。動物なんて、いるわけがない。いや、人間も動物だけど。ぼくは、曲がり角を通り過ぎる際に、ターゲットが現れていないか入念に確認した。
このゲームは、キャラクター作成の時に能力値を割り振ることができる。ぼくは――火力に極振りした。一瞬にして決着をつけるためだ。
ふと――微かに音がした気がした。
弾丸を装填して、臨戦態勢をとる。決して、見つかってはいけない。見つかる前に、一瞬で決着をつけなければならない。なにせ、ぼくは紙装甲。攻撃力に特化した能力値なのだ。
焦るな。もしかすると、さっきのは、風が木を揺らした音だったかもしれないじゃないか。
半開きのシャッターがあった。そこに、誰かがいるようだった――どうやら、本当に誰かがいる。慎重に、忍び足で近寄る。
そこで――
「なんだ?」
どうやら勘付いたらしい。気配でも感じたのだろうか。咄嗟の判断で――ぼくは、物陰に隠れた。おかげで、姿を看破されることなく、隠密を続行できた。
冷や汗をかいた。ドクンドクンと心臓が収縮して、全身に血液を送っているのを感じた。きっと、いま血圧検査をしたら、とんでもない高数値になるに違いない。
「いや。気のせいだったみたい」
どうやら、敵には、仲間がいたらしい。なにやら、会話をしているのがわかった。
「ったくよ。気のせいじゃねーよ。あくしないと、他の奴らに先越されるだろーが」
「ご、ごめん。自分が不甲斐ないばっかりに」
「はは。そーだよ。わかってんじゃねーか。ほらとっとと、餌でも囮にでもなって、どっかのランカーどもをおびき寄せてくんない?」
「……うん」
なんだか、お取り込み中のようだった。お取り込み中に邪魔をするのも悪いので、どっか遠くに行ってようかなと思っていた矢先――そいつは現れた。
「――よお、いるじゃねーか」
ぼくはなにも言わなかった。
「お前、ここら辺じゃ見ないプレイヤーだな。ランキングはいくらだ?」
ぼくはなにも言わなかった。
「ち。相手のランキングを訊くなら、まず、自分のランキングを名乗れってか。いいぜ。教えてやる。俺様の名前は、日向。ランキングは高いぜ。聞いて驚くなよ? 小便ちびんなよ? はは、なんと」
彼は指を二本立てた。人差し指と中指。どういう意味なのか考えようとしたら――
「二位なんだぜっ」
考えさせてくれなかった。無念。彼の満足気な表情が、見れただけだった――ぼくは、ため息をついた。
「四千九百二十位」
――不可視の弾丸が彼の脳天を直撃した。既に決着はついた。ぼくは、再び、ため息をついた。
「はあ――やれやれ」
無駄話が多すぎる。馬鹿なのではないだろうか。真正面でこんなの、攻撃してくれと言っているようなものだ――なんで、あんな奴がランキング二位なんだ。
わけがわからない。と、困惑を隠しきれないまま、一人佇んでいると、横合いからだれかがでできた。
「だ、だれですか?」
そう尋ねてきたので、ぼくは、返事の代わりに、弾丸を脳天にぶち込んでやった。無残な死に様だった。ゲームだからって、やっていいいことと、やってはいけないことはあると思う。だけど――その境は判然としない。
「これで二体撃破。だから、なんだってんだ。こんな裏の世界で活躍したからって、なんになる? 表裏一体だかなんだか知らないけど、ここが表だろうが、裏だろうが、どうでもいいんだよ。くそったれ」
だれに言ったのかは、わからない。ただ――言いたかっただけなのかもしれない。だれかに言いたかったわけでは――ないのかもしれない。ここが表だろうが、裏だろうが、どうでもいい人がほとんどだろうけど、裏だって、ほんとは表だったかもしれないのだと、青臭くても主張したい、ぼくはそんなお年頃なのかもしれなかった。
――夢を見ていたような、そんな心地だった。もし、いま目が覚めたのだとしたら、いままでの経験は、すべて嘘だったのだろうか。ゲームをしていると、夢中になって、その世界に入りこむ――だが、それが、嘘であるからには、いつかは現実に戻される。
「ふう」
現実にいる時間は、面倒で嫌になる。最低限、生きてさえいればいいのだと、そう思っているから、仕事を探しにいく意欲は皆無だ。
現在、ぼくは無職である。体裁が悪いかもしれないけれど、いまが、一番幸せだ。好きなときに、ゲームをして過ごせる。そんな毎日が、最高だった。
そこで、あるとき手にしたのがこのゲーム。デザイア・オンラインだ。ぼくは古参ではなく、新参者だから、最初は、戦闘方法がわからなくて、なんども戦って負けた。
だけど、それは最初のころだけだ。だんだんと、キャラクターの扱いがわかってきて、いまは操作で、どれだけキャラクターが動くことができるのかを把握することができた。なにせぼくは――一発でも攻撃を受ければ、致命傷になってしまう身なのだ。
常に危機感をもって、戦闘に臨まないといけない。その甲斐あってか、隠密スキルが異様なほど上がっていった。さっき見つかったのだって、相手が、ランキングニ位だったから仕方なかっただけで、そこら辺の平凡なプレイヤーであれば、自分が死んだことすら把握できないほどの早さで瞬殺できることだろう。
なんだか、自慢話のようになってしまった。だが、こちらも同様に一瞬にして決着がつくほどの、低い防御力。紙装甲であるから、一瞬の隙をつけば、相手にも勝ち目はある――まあ、そうは言っても、これは後出しジャンケンをすることのできる、隠密スキル&最大火力でブッパできるぼくが、有利であることは間違いないので、自慢話というか、事実を述べただけにすぎないのだが。
そんな感じで、これからも、さくっとプレイヤーを潰して、表裏をひっくり返していくとしようか――そういえば、表裏一体といえば、希望と絶望はどうだろう? 表裏一体かな?




