元厨二病と無理難題
ほくほくと湯気が登る。テーブルの上に並んでいるのは元の世界でいうグラタンのような食べ物だった。
フォークで掬うとチーズが伸び、その下からとろとろになった野菜やらマカロニやらが顔を出した。
「以上がこの国の現状です」
ミカさんがフォークで掬ったグラタンを口に運ぶ。横にいるメルカもグラタンを美味しそうに頬張っていた。
ちょうどお昼時だったのでギルドのカウンターで昼食を注文した俺らは端のテーブルについていたのだ。
ともかくこの国の情報を知りたかった俺は「辺境すぎて自分の知ってるこの国の現状が正しいのかわからない」という何とも苦しい設定を貫き通してミカさんからレクチャーを受けた。
曰く、この国の名前は「メルセンファリア帝国」で、自分たちがいるここは「教皇領第三都市アリノア」なるところらしい。帝国自体はまもなく建国千年目を迎えるらしく、それにあたり皇位継承の儀を迎えるのだという。
何より驚いたのは、「明確な人類の敵」がいるということだ。
討伐対象になっている異形は全て「魔獣」というらしく、その悉くが人間を襲うのだという。
また、その上位存在として「魔族」なる者もいるというのだ。
魔族は魔獣と違い知性があり、「ゼラノーグ評議会」という高位魔族等によって統治されていて、集団でもって古くから帝国と争っている。
「大体合ってたみたいだ。ありがとう」
そう言うとミカさんは「いえ、この程度は朝飯前です」と返した。
「で、その皇位継承の儀ってのはどういう仕組みなんだ? 皇位継承権は第一皇子が持ったりしてるのか?」
世界史オタクだった俺から言わせてみれば、すんなり終わる皇位継承なんて皆無に等しい。大抵は泥沼のお家騒動に始まり、挙句に戦争を起こしたりする。
「いえ、帝国の皇位継承は少し複雑でして、極論を言ってしまえば|農民でも皇位継承権を持つことができるんです《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》」
「......え?」
農民が皇位継承権を......?
「それは、身分を隠してた没落貴族とかそういうことですか?」
「いえそういうことではありません。皇位継承権は身分などではなく、『王剣』と呼ばれる魔道具の所持者に与えられるのです」
俺が「王権?」と疑問に思っていると「あぁいえ、王の剣で王剣です」と訂正された。
「それはどういうものなんですか? 文字通り剣なんですか?」
俺がさらに生まれた疑問を問うと「その前に」とミカさんが話を止めた。
「堅苦しいので敬語はやめてください。それと私のことは『ミカ』とお呼びください」
突然の提案に少し驚く。
「......わかった。じゃあミカ、それで王権っていうのはどんなものなんだ?」
そういうとミカは満足そうに頷いた後に「王権というのは」と続けた。
「剣と付いていますけど必ずしも剣とは限らないんです。過去の例では鞭だったこともあれば盾だったこともあるしトランペットだったってこともあるそうです」
「......なるほど、皇位継承権の器として『王剣』として呼称されてるってだけなんだな」
「また、王剣は持つだけで十分な意味を持ちます。王剣は固有能力をもっているんです」
「固有能力?」
「はい。そのほとんどは魔法で再現できないようなものばかりで、王剣を持たざる者が持つ者に勝つ事はとても難しいことなんです」
「魔法?」
「......はい、魔法です......もしかしてクロキさんの故郷って魔法も碌に使わないところなんですか?」
「......お恥ずかしながら」
ミカさんが俺を見る目に覚えがある。そう、これは「ガラケーを使ってる人を見るiPhone勢の目」だ間違いない。
別にいいだろガラケー。安いんだし。
「本当に山奥に住まわれてたんですね......私も少しなら魔法使えますよ?」
「おぉいミカちゃぁん! おじさん楽しくなっちゃってさぁ! この後おじさんとぅぁ......」
言い切る前にミカの肩に手をかけたおっさんが倒れ伏した。
「今のが状態異常付与魔法【微睡みの香り】です。泥酔状態の人なら一発で眠らせることができます。レトさーん! この人運んでってー!」
ほんの一瞬だったが、おっさんがミカの肩に手をかけた時、ミカの右手人差し指に小さな魔法陣が浮かんでいた。
「所持してるエーテル量には限界がありますけど、初歩的な魔法なら割と簡単に覚えられるので是非覚えてみてください。えぇと、なんの話でしたっけ......そう、王剣の話でしたね。私達の一番身近な王剣所持者というとやはりイオナ様でしょうか」
「イオナ様?」
「はい、この街が属する教皇領の領主であり、メルセンファリア帝国三大機関の一つ、教皇庁の長であられる教皇『フォルティウス=デュアレ=メルクリウス』様の一人娘、『イオナ=デュアレ=メルクリウス』様です」
一度にたくさんの新情報が舞い込んで来て全く整理ができない。
「その、なんだ、イオナ様ってのは有名なのか?」
「有名ですよ!」
勢い良く立ち迫って来たミカにビクッとしてしまった。
「美しい銀髪に見目麗しい双眸、すっと通った鼻筋とそれらに浮かぶ聖母のような微笑み! 身に纏う純白のドレスはその純潔さを表しているかのようで儚くも尊い私達の偶像!」
力のこもった演説に俺は少し後退りしていた。
「そ、そんなにですか......」
「そんなにです! 17という若さで〈祭姫〉に選ばれる鬼才でもあるんです! イオナ様より強力な神聖魔法を使える人はこの帝国にはいません!」
神聖魔法、というと魔獣やら魔族やらを浄化することができる魔法だろうか。
「ミカさーん、お仕事の話ー」
メルカが足をバタバタさせた。
「イオナ様の素晴らしさについてあと小一時間ほどお話ししたかったところですけど、これも仕事です。話を戻しましょう」
え、メルカが話途切らせなかったらこの話題で一時間くらいもってかれてたの......?
「結論からいいますと、討伐系クエストをオススメします」
思うところはあったが、ミカがまだ話を続ける感じだったので黙って聞く。
「これを見てください」
ミカはそう言ってテーブルの上に一枚の紙を出した。その紙には「キラーウィード15体の討伐」と書かれている。
「一応説明しますと、キラーウィードというのは全長1メートルほどの二足歩行植物です。たった2枚しか葉っぱを持ちませんが、その2枚の葉っぱの縁は鋭利な刃物になっていて、カミソリ程度には切れます。主食は樹液で、葉っぱで木に切れ込みを入れ、そこから樹液を吸い出します」
「......ご説明どうも」
「やっぱり知らなかったですね......で、ここが重要なんです」
ミカが指差すところを俺は読み上げた。
「えーと、報酬20000リア?」
「この街での相場ですが、パン一つが大体100リアです」
ということは元の世界でいう1リアは1円ということか。つまりーーー
「あれ、結構条件良い?」
「はい。危険があるとはいえ、キラーウィード程度なら無傷で仕事を終えることも出来ますし、20000リアもあれば5日間は生きていけるでしょう」
節約すれば7日生活する事も可能だ。聞いた感じそんなに難しいわけじゃなさそうだし、意外と良いかもしれない。たまには豪華な料理とか食べられるかも.....
「まぁ、ひとつだけ気をつけなければいけない事はありますけど、クロキさんなら大丈夫でしょう」
「というと?」
「仕事仲間を作らないとギルドでハブられるんです」