元厨二病とギルド
ギルドの大きなドアを開ける。
『バカ! てめぇそれ俺の肉だろうが!』
『見てよこれ、流れ狐の皮で拵えたローブよ』
『募集ー! 募集ー! 一緒にこの仕事行ってくれる奴はいないかー!』
『ミカちゃん! ハトビールもう一杯ちょうだい!』
『鉄鋼よ鉄鋼! せかせか働くより鉄鋼掘った方が稼げるってね!』
「......すげぇ」
どういう構造なのか、ドアを開けるまで外では何の音も聞こえてこなかったのに、ギルドの中ではどんちゃん騒ぎも良いところの宴が開かれていた。
よく見ると、何か人を募っている人がいたり、壁に貼られた紙を見ながら相談している人もいる。
「今日は人が全然いないねー」
「これで⁉︎」
メルカの声がギリギリ聞こえるくらいの騒音、人が大勢いる時特有のモワッとした空気。人混みが好きじゃない俺的には現段階で大分限界だというのに普段はもっと人がいるというのか。
「あ! ミカさーん!」
メルカがテーブルを拭いている女性の方に駆けていく。
「あらメルカちゃんじゃない。どうしたの? こんなところで」
「えーとね、この人! この人が私を助けてくれた人なの!」
「あぁ、あなたが」
視線を向けられ軽く会釈をする。
慣れない場所に始めてきたので最高に居心地が悪い。そわそわする。
「私はこのギルドの職員をやってます、ミカです。お気軽にお声かけください」
「ど、どうも。俺は黒木悠太っていいます」
「クロキ=ユウタ? 珍しい名前ですね」
ミカと名乗った女性は二十代前半くらいの女性だった。淡い茶色の髪を赤い布で覆って後ろでバンダナのように結んでいて、白いシャツ、黒いスカートを身にまとい、髪と同じ色をしたエプロンをかけている。
いかにも質素といった佇まいだが、所作の一つ一つが丁寧で、優しい雰囲気を醸し出していた。
「ミカさんあのね? このお兄さんにお仕事を紹介して欲しいの!」
まさか年下の女の子に仕事の仲介をしてもらうことになるとは思ってもみなかったよ。
「そうねぇ、今の時期は土木工事も大体終わっちゃってるし、収穫の類の仕事も無いし......クロキさんは何か専門的な資格とか持ってたりします?」
「いえ何も」
「炭鉱に行こうぜあんちゃん!」
ジョッキを持った酔っ払いが突然肩を組んできた。
「時代は鉄鋼よ! 10トンも掘りゃあ当分飯に困るこたぁねぇんだぜ⁉︎ いいとこ紹介してやっからよ!」
「ちょっとジョゼさん! クロキさんはうちのギルド初めてなんだから変に絡まないでください!」
「ちぇっ、なんでぇなんでぇ! お固いのはケツだけにしとけってんだ! そんなんだから婚期逃すんだぜ⁉︎」
ジョゼと呼ばれた男性は「酒が無くなっちまった!」と言ってどこかに行った。
「......あのミカさん」
「婚期逃してませんけど何か?」
「いや、婚期の話なんて1ミリもしてませんけど......このギルドってそんなにたくさんのお仕事があるんですか?」
ミカは「うーん」と上に目を向け「今は割と討伐系の仕事しかないかな」と言った。
「討伐系の仕事か......」
命の危険に身を晒すのに抵抗がある俺は少し言葉に困ってしまった。いや、普通はそうだと思うんだが。
「大丈夫! だってお兄さんは『殲黒の風』だもん!」
ーーーそれは一瞬の静寂だった。
メルカの声が聞こえる、周囲の人はポカンとした表情を浮かべーーー
『だぁーっはっはっはっはっはっはっはっは‼︎』
巻き起こる大爆笑。皆、ニヤニヤと俺の全身を品定めするように見て、また爆笑する。
「......はぁ」
死にたい。
元の世界でも普通に恥ずかしい名前だ。それをこんな大声で呼ばれたとあっては......あ、やっぱり死にたい。小中の時の黒歴史が今になって効いてくるなんて......
「初めて見かけるツラだと思ったらまさかあの『殲黒の風』様だったなんてな!」
「こりゃあこの辺の狩場が荒れ果てちまう!」
「良い働きっぷりを期待してるぜ! 『殲黒の風』様よ!」
話を聞いていたゴロツキが俺の肩を叩きそんな事を言って去っていった。俺は近くの椅子に座り込み、俯いた。
「メ、メルカちゃん。その名前でクロキさんを呼ばない方がいいと思うなー?」
「なんで? お兄さんは私の事助けてくれた時にそう名乗ったんだよ?」
「それは多分メルカちゃんを勇気づけるためというか、そういう事だと思うよ? だってーーー」
「『殲黒の風』ってお伽話に登場する英雄の名前じゃない」
「......え?」