元厨二病と異世界転移
高校生活。
世の人達はそれを散々謳歌し、輝かしいものと記憶に刻む。
しかし現実問題として、何もいいことがなく灰色の日々とする人達だって一定数いる。
まさに俺のように。
わざわざ中学の奴らがこないような少し遠い高校を選び、輝かしい高校生活を夢見るも全く上手くいかない。
今は高校2年の6月。
もうすぐ高校生活の半分が過ぎようとしているのに美少女転校生はやってこないし可愛い妹がいた事が発覚もしないし空から天使が降ってくることもない。
「かっこいいから」という理由だけで始めた剣道は県大会16位というすごいんだかすごくないんだかわからない結果を残せたが、だからといってモテた訳でもない。
「......はぁ」
不意にため息が漏れる。
手にした紙にはでかでかと「進路調査書」と書かれていた。
「別にしたいことなんてねぇよ......」
最近やたらと教師たちが進路を気にしだした。特にしたいこともないので何となく大学に進学にすることになるんだろうが、本当にそれでいいんだろうか。
このご時世に自分のの天職とやらに出会える可能性は限りなく低いし、そもそも社畜なんてものには絶対になりたくない。
夕焼け色に染まった教室には俺以外に人はおらず、窓の外から野球部のやたら大きい声が聞こえてくるのみだ。
顧問が夏風邪をひいてしまい、今日の部活は無くなったが如何せん普段この時間が自由なことはない。故に何をすればいいのかわからず、おもむろにバッグを背負い立ち上がった。
まず真っ先に思い浮かんだのは本屋だった。何か新刊が出ていれば時間は潰せるだろうし、そうでなくてもあそこはいるだけで楽しい。
次点でゲーセンだが最近あそこはDQNの溜まり場になっていて、奴ら群れに群れて喧しい音ゲーの筐体並みに馬鹿騒ぎしている。大人しめ一般人の俺にはあまりに居心地の悪い場所だ。他にも色々と候補地はあったが、本屋の引きが強いのでとりあえず本屋に行くことにする。
下駄箱で靴を履き替え、外に出る。六月とはいえ夕方なので頰を撫でる風は涼しく、優しく俺の前髪を吹き上げた。音楽室が近いからか吹奏楽部の演奏が聴こえてくる。特に意味もなく「バッハか......なかなかいいセンスだ」などと呟いてみる。
一人だとこういうこと出来るからいいよね!
実は高校の部活は剣道部と吹奏楽部で迷ったことがあった。理由は明白。吹奏楽部は女子と仲良くできるからだ。ただまぁ何故吹奏楽部にしなかったかというとそもそも俺はそんなに女子と話すのが得意ではなかったからというのと、絶望的に楽器が下手くそだったから。
その二点がなければ今頃あの音楽室でユーフォニアムを響かせていただろうに。残念。
「まぁ剣道も剣道で楽しいんだけどねーーー」
部室棟の横を歩いている最中、ふと視線を逸らした。そこは部室棟と部室棟の間の言わば路地裏のようなところなのだがーーー
「いいじゃん、借りるだけだって」
「いや、だめですよ、そんな...」
「え?なに?かしてくんないの?」
思わずため息が出た。これだからDQNは存在する価値がないというのだ......
見るからに気の弱そうな男子生徒がたかられている。先生を呼んでくることも可能だが、先生がやってくる頃には事は済んでいるだろうし、何よりあの子が一層目をつけられる事になる。
かく言う俺もさっさとこの場を離れて関わらないようにしないと面倒臭い事になる。
……のだが。
『...めてよ! …めて! …たい!』
『......ああああっ! …んでこんなこと!』
…...もう何年も前の事だというのに脳裏にちらつく。
まるで頭の奥に火花が小刻みに散るかのように鋭い痛みを刻んで来る。
絡まれている男子生徒と目が合う。
「助けて」
言葉にしなくてもわかる。そう、言っている。
相当怯えているのだろう。 潤んだ瞳、無様に垂らされている鼻水、震える足。そのどれもが救援信号を人気のない部室棟の間から発されていた。
気づけば、
「弱いものいじめはよせ!」
駆け出していた。
「......あ?」
男子生徒とDQNの間に割って入る。そして右手を顔に当てる。
「金が欲しいならバイトをすればいいだろう? わざわざ彼から借りる必要はどこにもないはずだ」
DQNの一人が数秒の後溜息を吐き、髪をくしゃくしゃと掻き上げた。
「あのさ、そーゆーのいいから。それともなに? お前がかしてくれんの? つーかお前誰だよ」
俺はふっ、と笑みを浮かべ、左手を大きく振り上げた。
「これはすまない。そういえば名乗っていなかったな!」
これまでの人生で何度も何度も名乗りを上げた、自分を鼓舞するもう一人の自分。
「我が名は『殲黒の風邪』! 貴様の高校生活に終わりを告げる者だ!」
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜なんであんなことしちゃったかなぁ...」
布団に頭を突っ込みながらほんの数十分前の事を思い返す。
『おっと暴力はいかんぞ! 友達に連絡して今この様子は全て撮影してもらっている! ついでに言えばこのやり取りすらも録音しながら実家のドライブに保存させてもらっている! 変な事をすれば仲良く生徒指導行きだ!』
「友達なんていねぇよ......」
かろうじて部活仲間はいるがそんなに仲良くないし、なんならよくゲーセンで顔を合わせる他校の人の方がよっぽど連絡を取り合っている。
くよくよしてても仕方がないと布団から飛び上がり、クローゼットを開ける。
『何? この後6時に河原の公園に来い? 来なかったら停学覚悟でその子をボコボコにする? それはしょうがないな! その呼び出し、受けてたとう!』
クローゼットの奥に手を伸ばす。記憶が正しければたしかこの辺に.....
「ん〜〜〜〜〜あっ、これか?」
それらしき感触の物をズボッと引き抜く。
引き抜かれたのは真っ黒の、どこか使い古されたような木刀だった。
俺は腐っても剣道部。竹刀との違いはあれど剣さえあれば多少は戦える筈だ。
「......行きたくねぇなぁ〜〜〜」
木刀を柱にズルズルと崩れ落ちる。
何故あんなことをしてしまったのか。今となっては後悔しか残らない。
「.....『殲黒の風』.....か」
もうかれこれ二年ほど口にしなかった名前を懐かしそうに音にする。
『殲黒の風』
その名を名乗り始めたのはたしか小学四年の時だ。理由はあまり言いたくはないが、名前の由来は.....微妙に思い出せない。けどまぁたいした理由ではないだろう。
弱い自分が嫌になって作り上げた「理想の自分」。
「......行くか」
嫌がる心を鼓舞し、立ち上がる。
テーブルの上に救急箱を用意し、冷凍庫に氷があることを確認する。流石に遺言は書かなかった。
まぁまず間違いなく相手は複数人で来る。もっと言えばバットとか持って来るかもしれない。持ってこないにしろ、ボコボコにされるのは明白だ。きっと相当痛い目にあうだろう。
脳裏に浮かぶのはDQNが行った後に助けられた男子生徒の泣き出しそうな顔。「殲黒の風」モードが続いてたのでお礼も聞かずに去ってしまったが、去った後に遠くから振り返るとその男子生徒はまだ頭を深々と下げていた。
「......久しぶりに俺に力を貸してくれよ......『殲黒の風』」
決意を固め、玄関のドアに手をかける。
俺は正しいことをした。もう、後悔するのはやめようーーー
ーーーえらいじゃないかーーー
…...え?
声がした。か細く今にも消えそうなその声は遠くから聞こえてきた感じではなかった。
「誰だお前......一体どこから......」
辺りを見回す。見回すと行っても今いるのは俺の家だ。横の部屋の可能性もあったが、こんな声の聞こえ方はしない。
何より俺の違和感を揺さぶってきたのはそこじゃない。
どこかでーーーいつか聞いたことのあるような声だった。
「なっ!」
腕が勝手に動く。
力強くドアノブを握り、ゆっくりと押す。
抵抗しようとするが押す力も抑える力も俺の力だ。しかし、主導権はわずかに引く力の方が強く、震えながらも少しずつドアを押していく。
「なんっだこれ.....!」
声をあげたのは勝手に動き出した腕にではない。いや、それも理由の一つではあるのだが、それが全てではない。
開かれ始めたドアの隙間から、眩い光が部屋に流れ込んできたのだ。そして空気がドアの向こう側へと勢いよく吸い込まれていく。それはまるで小さい頃に見た、SF映画のワンシーンのようで、不本意ながらも綺麗だと思ってしまう。
何か完全におかしい。そんな事は分かっているのだが、これまで普通に生きてきた悠太には今起きている現象を理解する事はできなかった。
「ぐっ......ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああっ‼︎」
腕の主導権は完全に失われ、ドアが完全に開かれる。同時に悠太はドアの向こうの輝きへと投げ出された。
「ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおっ⁉︎」
いつのまにか上下が変わっている。眩い光の中横向きに飛んでいたかと思えば今は下に落ちていっている感覚だ。
ーーー大丈夫、オマエならきっとーーー
「ふっ......ふざけんな! お前はだーーー」
悠太の言葉は最後まで言い終わる事はなかった。
ガッ、と何か硬いものに衝突したからだ。
「......ってぇ......なんだこれ」
そこまで言って悠太は気づく。つい数秒前まで見ていた眩い光が無い。そして悠太は草と土を手にしている。
咄嗟に辺りを見回す。
「............森ぃ?」