取り戻した恋
倒れたと聞いて慌てて殿下の元に駆け付けた。
どうしたのだろうか。最近お疲れの様子ではあったが、アマンダ嬢と一緒にいる姿を拝見した際は元気そうだったのに。
殿下は学園の保健室のベッドに寝かされ、すやすやと眠っている。
先生によると殿下は心労が祟った為に倒れたのではないかと言われた。心労が溜まるようなことが何かあっただろうか。アマンダ嬢とは仲良くやっていたようだし、誰かといざこざを起こすような方ではない。全然思いつかない。
とりあえず婚約者ということで駆け付けたが、顔を見て安心したので教室に戻ろうとしたら先生に止められた。近くについていてあげなさいと言われ、それに大人しく従う。
しばらくすると殿下は目を覚ました。
私の名を力強く呼ぶ殿下の様子からとりあえず元気を取り戻したと判断し、快方に向かってもらうためにアマンダ嬢を呼ぼうとしたのだが、殿下の様子が急におかしくなった。
私を縋りつくような目で見るし、何故かいかないでと懇願してくるのだ。おかしい。これはおかしい。
なんとか殿下を宥めようとしてみるが、殿下の言葉によってそれは中止された。
「もう僕に、恋はしてくれないの?」
咄嗟に目を逸らしてしまった。
アマンダ嬢に夢中のはずの殿下がまさか私の様子に気づいていただなんて。返事をできずにいると、部屋の中を沈黙が支配する。
なんとなく、殿下の目を見れなかった。全て見透かされてしまうような気がして。
布の擦れる音が聞こえて視線を元に戻すと、殿下が目の前にいた。驚きに言葉も出ない。
そうしているうちに身体が温かい何かに包まれる。気付くと私は殿下に抱きしめられていた。
「で、殿下!?」
「神よ、僕を憐れんで下さったことに感謝いたします。会いたかった、イザベラ…!」
抱きしめる力が強くなり、私は慌てた。必死に引き剥がそうとしても殿下の力が強くて離れない。殿下の腕の中でもがいていると、殿下が震えていることに気付いた。
何故、震えているのだろうか。
なんだか殿下から離れてはいけない気がして、もがくのを止めて大人しく腕の中に収まった。
どのくらいそうしていたのだろう、殿下の震えが収まる頃には日が沈み始めていた。段々家に帰らなくてはならない。そう思ってそっと殿下に声を掛けてみた。
「殿下…?そろそろ私は家へと戻りたいのですが…」
するとびくりと殿下の身体が震え、抱きしめる力が強くなった。
「駄目だよ、イザベラ。僕は君と離れたくない」
「何を言っているんですか殿下。そんなこと許されません」
「君は僕の婚約者だ。一緒にいて何が悪い」
殿下はどうしてしまったのだろうか。倒れた際に頭でもぶつけたのだろうか。
戸惑っていると、殿下が私を包んでいた腕を緩めた。
「君に話したいことがある」
やっと解放されたと思ったら、射るような眼差しで殿下は私を見た。
「僕は君が好きだ」
「殿下…?」
「君は僕がアマンダ嬢を好きだと勘違いしているみたいだけど、僕が好きなのは君だから」
「え?」
アマンダ嬢とあんなに親しくしていたのに、アマンダ嬢を好きではない?
その言葉は私に物凄い衝撃を与えた。以前の私がしたことは、する必要のないことだったの?
それとも今回の殿下がたまたまアマンダ嬢を選ばなかっただけ?
混乱して上手く答えを導き出せない。
「前回の僕も、君のことを愛していた」
耳を疑った。殿下が今、前回と言った。
まるで過去に戻ってくる前の私を、知っているかのように。
「君は前回、どうして変わってしまったの。理由を知りたい」
「…」
「君も覚えているはずだよ、君が処刑されたことを」
殿下の目は力強く私を射抜き、嘘を許さないと私に言う。
震えそうになる声を喉から絞り出す。
「殿下は…カルロス様は、覚えていらっしゃるのですか…?」
「ああ」
そう言って微笑む殿下は、よく知っている優しい顔をして私を見ている。
何故だろう、物凄く久しぶりに見た気がする。そして身体が軽くなったような気がした。
そうしなければいけないと私を縛っていた何かが解けたような、なんとも言えない解放感が私を包む。
それと同時に置いてきたはずの想いが、私の心に帰ってきてしまった。
「カ、ルロス様…」
「なあに、イザベラ」
「わた、私もカルロス様が、好きです」
ああ、せっかく置いてきたのに。あなたの為に置いてきたのに。
あなたが必要とするから戻ってきてしまった。
「僕も好きだよ。愛しているよ、イザベラ」
あなたへの想いを取り戻してしまった私には、あなたが真っ直ぐに伝えてくれる想いに抗えなくて。
私は殿下に身を委ねた。
殿下と色々な話をした。
私が何故、前回変わってしまったのか。どういう思いでそうしたのか。話の終盤には言葉は涙と共に溢れて止まらなかった。それを優しく受け止めてくれる殿下が、愛おしくて仕方がなかった。
今思えば何故あんなことをする必要があったのか分からない。だけど何故だかそうしなくてはいけない気がして、それにただひたすらに従っていた。
ある日、殿下と一緒に歩いているときにアマンダ嬢に出会った。彼女の口からは私を罵るような言葉が投げつけられたが、殿下の側近に捕まりどこかへ連れられて行ってしまった。
殿下にどこに連れて行ったのだと聞いてみたが、にこりと笑うだけで教えてはもらえなかった。
彼女曰く私は『アクヤクレイジョウ』らしいのだが、その真意は何度考えても結局分からなかった。殿下は『コウリャクタイショウ』らしいのだが、こちらもよく分からなかった。
殿下は「アマンダ嬢は不思議な子だね」と言って、それ以降は彼女のことを口にすることはなかった。
そして彼女はいつの間にか学園からいなくなっていた。殿下に聞いてみると「転校したらしいよ」と言われたが、なんだか本当のことではないような気がして少し背筋が寒くなった。
キャサリンには元に戻ったようで良かったと安心された。どうやら恋を置き去りにしてきた私は人形のような顔で日々を過ごしていたらしく、心配で心配でしょうがなかったと言われた。
前回の私は苦しくて、でも殿下の幸せを願わずにはいられなくて。そんな自分が嫌で殿下への想いを首と共に置き去りにしてきた。そのおかげで今回は苦しまずに済んだ。
だけどそれはどことなく虚しくて、物足りなくて。そんなことを無意識に思っていた私に、キャサリンは気付いてくれていたのかもしれない。
侍女のオリビアも、私が殿下への想いを取り戻したらほっとしたような顔をしていた。キャサリンと同じく気にかけてくれていたようだ。
一度は自らの手で手放したものたちが、こんなにも優しくて幸せなものだったなんて。きっと過去に戻る前の私では気付けなかった。
何故過去に戻ってこれたのかは未だに分からないが、私はひたすら神様に感謝をした。
そうこうしているうちに、気が付けば今日は私とカルロス様の結婚式の日だ。
以前夢見て、だけど殿下の為にと諦めた夢のような日。まさか、こんな日がくるなんて。
嬉しくて溢れそうになる涙を堪え、私は今殿下の横に立っている。そんな私に気付いた殿下が、そっと手を握ってくれた。
互いに愛を神に誓いあい、沢山の人々に祝福されながらキスをした。
神様、ありがとうございます。
この幸せを大切にし、前回の私が最期に神様に委ねた願いを、私の手で叶えられるよう努めてゆきたいと思います。
一度は置き去りにしてしまった恋。今は、取り戻せたことに深く感謝いたします。