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置き去りの恋  作者: 遊々
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取り戻したい僕

 僕は何を間違えてしまったのだろうか。

 愛しかったはずのその人は、細くて折れてしまいそうな足を引きずるようにして処刑台へと連れられて行く。叫びたくなるのを堪えながら、僕はただそれを見ているだけしかできない。

 処刑台に上がった彼女はどこか晴れ晴れとした顔をしていた。これから処刑されるというのに、どうしてそんな顔をするのか。

 もっと辛そうな顔をしてよ。何かの間違いだって叫んでよ。そしたら僕も、これは何かの間違いだって声を大にして言えるのに。


 彼女を見つめていると、彼女と目が合った。彼女は以前のように、ふわりと綺麗に微笑んだ。


 夏季休暇を過ぎてから、あの子と仲良くしていると彼女はあの子を罵るようになった。だからあの子から離れようとしたのに、あの子は僕を待ち伏せていたかのようにいつも現れた。そしてそのたびに偶然近くを通りかかった彼女が苛烈にあの子を罵り、僕を憎悪に燃えるような目で見ていた。

 僕はショックだった。婚約者がいる男に擦り寄ってくるような女に僕は好意なんて持っていない。アマンダ嬢のことは憎くさえあった。

 だって何故か僕の居場所を把握しているあの子が近づいてくると、彼女が僕をあの憎むような目で射抜くのだから。

 あの目で僕を彼女が見るのが辛くて、結局いつも僕は彼女に何も声を掛けられずにいた。


 次第に自慢の婚約者だった彼女の評判はどんどんと落ちていき、友人には彼女に近づくのはやめろと言われた。そして僕が何もできないままいるうちに、彼女と婚約を解消しようという話まで出始めた。

 僕は焦った。僕は彼女が好きだ、愛している。あんな目を向けられても、愛しい想いは捨てきれない。


 慌てて周りを宥めてなんとか婚約解消を避けられたのに、彼女はしてはならないことをしてしまった。アマンダ嬢に危害を加えようとしたのだ。

 証拠も目撃証言もあり、僕は彼女を庇うことすら許されはしなかった。彼女が何を考えているのか分からない。どうして急に変わってしまったの。変わってしまった彼女と周囲の雑音に僕の心は折れて、いつの間にか彼女が悪かったのではと思い始めていた。

 そしてついに、彼女は堕ちてしまった。アマンダ嬢をならず者に襲わせようとしたのだ。寸での所で彼女の企みが暴かれ、特に被害は出ずに済んだ。

 だけど許されないことをしたとして婚約は破棄され、彼女は処刑されることとなった。


 夏季休暇を過ぎてから変わってしまった彼女。

 だけど、微笑んだ彼女はやっぱり以前の彼女のままだった。


 彼女に声を掛けようとしたときにはもう遅くて。

 彼女の首は、はねられていた。

 僕の叫び声は晴れ渡った青空に虚しく響き、僕は大切なものを失ってしまった。


 どうか神様お願いです。

 もう一度、やり直させてください。


 僕は近くの兵士の腰に帯刀していた剣を素早く抜き取り、迷わず自分の首に刺した。阿鼻叫喚な声が遠く聞こえる。霞む目に、何故かここにいるはずのないアマンダ嬢が映った。

 何か泣き叫んでいる様子だが、もうその声は僕には届かない。

 僕と彼女を引き裂く原因になった憎い女。その顔、絶対に僕は忘れない。


 意識が遠のく中で、もう一度願った。

 神よ、僕を憐れに思うなら、どうか彼女とやり直す機会を僕にお与え下さい。


 僕が不甲斐ないせいで、彼女に何も言えなかったせいで迎えてしまった結末。

 次は絶対に変えてみせるから。





 ◇ ◇ ◇





 目を覚ますと、見覚えのある中庭のベンチに僕は座っていた。


「カルロス様、目を覚ましたんですね!」


 隣から最近よく聞く声が聞こえてくる。

 聞こえてくる声の方を振り向くと、僕の隣にアマンダ嬢がいた。彼女は今年入学してきたばかりの後輩で、なんの縁だかよく出会う。避けようとしても出会ってしまうので、友人は運命だなどと世迷言を言う。


 僕にとってアマンダ嬢とは好きでも嫌いでもない、ごくごく普通の後輩でしかない。

 だけど周りの友人たちにはそうは見えないらしかった。僕が彼女に恋をしていると言うのだ。酷い奴だとイザベラ嬢は人格者だから放っておいても大丈夫だろう、火遊びでもしてみたらどうだと言う。冗談ではない。

 僕はイザベラが好きなのに、どうして好きでもない相手とわざわざ火遊びなんかしなければいけないのか。訳が分からない。

 だけど他から見ると僕の顔はどうみてもアマンダ嬢を愛おしそうに見ているようにしか見えないらしく、何か不思議なフィルターでも通して見ているのではないかと思うほどに周りの言い分が理解できなかった。


「ここは居心地が良くて眠くなってしまいますよね」

「…そうだね」


 嬉しそうに笑うアマンダ嬢の顔をじっと眺めた。


「あ、あの…カルロス様、そんなにじっと見られると恥ずかしいです…」

「ああ、すまない」

「いえ…」


 恥ずかしそうに顔を逸らすアマンダ嬢はその顔を真っ赤に染めている。

 別に僕はアマンダ嬢自体に興味は欠片もないのだが、アマンダ嬢を初めて見たとき、どこか既視感を覚えた。その既視感の正体を暴けない不快感を拭いたくてつい、アマンダ嬢の顔を無意識に見てしまう。

 それがいけないのか、周りが勝手にアマンダ嬢と僕の恋を応援するなどと盛り上がってしまうのだが、僕はいつも思い出さなきゃいけない気がしてアマンダ嬢の顔を見てしまう。

 何か、大切なことを忘れているような…。


 頭がずきりと痛み、思わず唸った。


「カルロス様!?大丈夫ですか!?」

「…大丈夫だ」


 久々の頭痛に、僕はイザベラと初めて出会った時のことを思い出していた。


 僕は生まれてからずっと、大切な何かを忘れているような気がしていた。物心ついた頃からぽっかりと心に穴が開いたような虚無感がずっと襲ってきていて、僕は疲弊していた。

 そんなとき、僕の婚約者を決めるためのお茶会が開かれた。僕はそんなのどうでもよくて、一刻も早く部屋に戻って休みたかった。この虚無感から、なんとか逃れたかったのだ。

 だけどそのお茶会で初めてイザベラを見たとき、僕の身体に衝撃が走った。あの絶え間なく襲い掛かる虚無感が、彼女を見た途端に鳴りを潜めたのだ。

 何故なのかを知りたくて恐る恐る彼女に声を掛けると、彼女はふんわりと綺麗に笑った。

 その時、僕の心は生まれて初めて満たされたのだ。

 僕はお茶会が終わった後、両親に彼女を婚約者にするよう頼み込んだ。


『イザベラ嬢が気に入ったのかい?』

『はい。ぼくはかのじょいがいのじょせいとはこんやくしません』


 そう言うと両親は初恋ね、と言って笑って了承してくれた。

 恋と呼ぶには幼すぎるその想いは、でも確かに恋だった。恐らくそう、一目惚れだ。

 そして僕と彼女は晴れて婚約者となったのだ。彼女も嬉しそうに笑って僕との婚約を受けれてくれて、僕は満たされた毎日を送っていた。

 やはりあのとき彼女と婚約したのは間違いじゃなかった。彼女は僕の人生に必要な人なのだと、彼女と過ごす日々が積もってゆくほど強く実感した。

 彼女も僕を好いてくれていると思う。僕が「好きだよ」と言うと、彼女は顔を真っ赤にして「私もです」と言ってくれるから。


 だけど最近、そんな彼女の様子がおかしい。

 夏季休暇が終わった途端、彼女は僕に対してどこかそっけなくなり、まるで他人に接するよな接し方をするようになった。彼女を深く知らない人には分からないように。

 周りの人間には分からないくらいの差でしかないけれど、でも僕にはそれがありありとそれが感じられた。


 彼女は僕に、興味がなくなったのだろうか。僕を捨てるつもりなのだろうか。

 もちろん彼女は無責任なことはしないから婚約を投げ出したりはしないはずだ。なのに、どうしても拭えない不安が僕を苛む。

 僕といるときの彼女の顔はどこか、虚無感に襲われていた頃の僕のようで胸が張り裂けそうだった。

 僕はまた、彼女を失ってしまう気がして。


 また?


 頭が割れそうなほどの痛みが襲い、僕は意識を失った。





 目を覚ますと、僕は柔らかな布に包まれていることに気付いた。どうやらベッドに寝かされているらしい。起き上がろうとすると、ずきりとまた頭が痛む。


「殿下、まだ起き上がってはいけません」


 慌てて声の方を振り向けば、愛しい婚約者が少し心配そうな顔をしていた。

 まだ僕を見捨てずにいてくれるのか。


「イザベラ…!」

「はい、殿下」


 間違いなく彼女がいた。嬉しくて思わず笑みが零れそうになるが、彼女の次の一言でそれは消えた。


「殿下が目を覚ましたようでよかったです。せっかくですからアマンダ様をお呼びしますか?」

「え…?」

「殿下はアマンダ様を寵愛していらっしゃるでしょう?私がここにいるより、彼女を呼んだほうが早く快方に向かうでしょう」


 そう淡々と告げる彼女の瞳にには前のような色はなくて、美しい紫紺の瞳はあの鮮やかさを失ってしまったようだった。

 夏季休暇の前までは、確かに僕を愛しそうにその瞳に映してくれていたはずなのに。

 彼女が僕の元からいなくなってしまいそうな焦燥感から、僕はいつもは言葉にしない、心にひた隠しにしていた言葉を彼女にぶつけた。


「イザベラ、どこにもいかないで。ここにいて」

「で、殿下…?」


 もう隠す術を失ってしまった僕の心は、困惑する彼女をよそに言葉をぶつけるのをやめない。

 どうして、ねえどうしてイザベラ。僕を見てよ、僕を君の瞳に映してよ。


「寂しい…置いていかないで…お願い、イザベラ…」

「殿下?」

「殿下なんて呼ばないで、いつもみたいにカルロス様って呼んでよ。他人行儀にしないでよ。僕を捨てないでよ」

「殿下を捨ててなど…」

「じゃあどうして名前を呼んでくれないの?なんでいつもみたいに見てくれないの?もう僕に、恋はしてくれないの?」


 気まずそうに目を逸らしたイザベラを見て、僕は胸が引き裂かれそうだった。

 もうイザベラは、僕に恋をしていない。

 頭を鈍器で殴られたような衝撃に、僕は思い出せずにいた()()を取り戻した。



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