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置き去りの恋  作者: 遊々
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置いてきた私

全4話。予約投稿済み。毎日1話ずつ18時更新。

衝動的に書きたくなった話です。よろしくお願いします。

 私は処刑台に連れられ、最後にあの人に微笑んだ。

 やっと、終わるのだ。解放されるのだ。その感謝の意味を込めて、ありったけの想いを込めて微笑んだ。

 愛しい人を傷付けられたあなたは怒りに燃えて私を嫌悪してくれるはず。そう思っていたのに。


 どうしてあなたはそんなに泣きそうな顔をしているの。好きな人と結ばれるのだから、もっと嬉しそうな顔をすればいいのに。

 それとも、()婚約者である私に少しは情があり、悲しんでくれているのだろうか。

 …いや、それはない。あなたの大切なあの子に危害を加えようとしたのだから。


 もっと、憎しみを込めた目で私を見てくれればいいのに。

 もっと、侮蔑したような目で私を見てくれればいいのに。

 もっと、嫌悪感を顔いっぱいに出してくれてもいいのに。


 私を、嫌いになってくれればいいのに。あなたの目に映る私は、どこまでも醜い女でありたいの。

 そうすればあなたは何も気にせずに、あの子と幸せになれるから。


 処刑人が刃を振り下ろし、私のあの人への想いは私の頭と共に私の身体から切り離されていった。

 あの人は今、どんな顔をして私の最期を見ているのだろうか。憎らしい女の最期を嘲笑ってくれているといいのだけど、優しいあの人はきっとそんな顔はできないのだろうな。


 神様、どうか私を憐れに思うなら、私の最期の願いを聞き届けて下さい。

 あの人を幸せにして。あの人が幸せになることが、私の幸せなの。


 最後の願いを天に祈り終えた後、私は意識を失った。





 ◇ ◇ ◇





「お嬢様」


 懐かしい声がする。幼い頃から共に育った侍女の声。

 だけどそんなはずはない。彼女は解雇したはずだもの。これはきっと夢ね。


「イザベラお嬢様、起きて下さい」


 夢のはずなのにやけに現実味のあるその声は、私を夢から引きずり出そうとしている。

 すべてを終わらせたのだから、ゆっくり休ませてほしいものだわ。


「イザベラお嬢様!風邪をひいてしまいますので起きて下さい!」


 休みたいのに、ずっと聞いていなかったその声は懐かしくて、ずっと聞いていたかった声で泣きそうになる。聞くことを諦めたのは自分なのに、いざ手放したら寂しくて寂しくて仕方がなかった。

 姉のように慕ってやまない、優しい侍女の声。


 心配そうに、でも強く呼ぶその声に抗えず、私は重い瞼をゆっくりと持ち上げた。ああ、懐かしい。ちっとも変わらない慣れ親しんだ顔が目の前にある。


「…オリビア?」

「そうでございますよ、お嬢様」


 いつものように微笑む彼女は、まるで母のような温かさで私を包み込んでくれる。

 夢から引きずり出されたような気分だったけれど、やっぱり夢だわ。彼女がここにいるはずないもの。なんて都合が良くて、心地の良い夢なのかしら。

 だけど夢はいつか覚めるもの。ならば、気が緩んでしまう前に覚めてしまえばいい。


「私は夢を見ているのね。オリビアがいるわけないじゃない」

「何を言っているんですかお嬢様。オリビアはずっとお嬢様と共におりますよ」

「だってオリビアは解雇したはずでしょう?それに私は死んだはずだもの。こんなのっておかしいわ」

「…お嬢様?悪い夢でも見ていたのですか?オリビアは解雇などされておりませんし、お嬢様は生きていらっしゃいますよ。現にここにいて、私とお話しているではありませんか」


 困ったように笑うオリビアは、私をそう諭している。

 まだ私に夢を見させようというのか。駄目よ、これ以上夢を見ていたら耐えられないもの。


「だからそれが夢なのよ。私は首をはねられて死んだもの」

「お嬢様は首をはねられるようなことなど何もしていないでしょう?」

「いいえ、殿下の愛しい方に危害を加えようとして捕らえられ、婚約破棄をされて家からも見限られ、処刑されたはずよ。オリビアを巻き込まないように解雇したはずなのに、何故ここにいるの?そもそも私は死んだのに…」


 ふと、気になって周りを見渡してみると、そこには慣れ親しんだ中庭があった。

 スズランの花が咲き誇り、風に吹かれて揺れている。私はいつも座っていた椅子に座り、私の目の前には紅茶と紅茶に合った菓子が置かれていた。私の近くにはオリビアがいて、心配そうに私の顔を覗きこんでいる。

 学園が休みの時の、休日のいつものささやかな幸福がそこには溢れていた。


「…オリビア、明日の予定は何かしら」


 急に話を変えたことに戸惑いつつも、私に忠実な侍女はそれに従う。


「今日で夏季休暇が終わりますので、明日からまたお嬢様は学園生活にお戻りになられます。もちろん、オリビアもお嬢様についていきますよ」


 優しく微笑むオリビアの言葉に嘘偽りは感じられなかったが、それでもオリビアの言葉に耳を疑った。おかしい、もうそんな時期はとっくに過ぎているはず。

 それにオリビアの言葉が本当ならば、今日はこの姉のように慕ってやまない侍女を解雇した日のはずだ。そして明日から、あの人の愛しい人を私は妬む女になるはずなのだ。


 私は自分の身に何が起こっているのか、少しずつ気付き始めた。

 確かめる為に手の甲をつねると、現実を突きつけるように小さく痛みを感じる。


「お嬢様!何をしているんですか!」


 焦ったようなオリビアの声は鮮明に耳に届いてくる。彼女に解雇を告げたとき、同じような慌てた声を聞いた。今の彼女と()()の彼女の声が重なったように、私の記憶が重なる。

 これは夢ではない。現実なのだ。

 信じ難いことだが、目の前に現実はある。痛みは感じるし、焦る彼女も本物だろう。


 だからこそ疑問が生じる。

 ならば、何故私は()()へと戻ってきてしまったのだろうか。

 オリビアの様子から、()()の私の所業や結末が私の夢か何かだと思っている。私だけが過去に戻ってきてしまっている…?

 なんにせよ、彼女一人だけではこの可笑しな夢のような現実を信じることは出来ない。もっと確証が欲しい。丁度明日から学園生活に戻るのだから、そこでなら色々情報を集められるだろう。

 私は戸惑いを隠して紅茶を一口、口に含んだ。





 学園に戻り、一か月間周りに探りを入れながら過ごしてみたが、これが現実であると突きつけられただけだった。

 私があの人が愛してやまなかったあの子に危害を加え始める前と、何も変わらない生活がそこにはあったのだ。

 それなりに親しい友人に何度もそれとなく探りを入れてみたが、誰も私の以前の所業を覚えている様子はない。周りの私への認識は殿下の婚約者であり、婚約者に相応しいと言われる私だった。

 以前の私ならばもうすでに嫉妬にかられた醜い女、という評価になっていったはずだったのに。


 改めて私は自分が()()に戻ってきてしまったのだと痛感した。

 まず思ったのは何故、その一言に尽きる。周りは皆私があの子に危害を加えていたことを覚えていない。私だけが覚えている。何故、と思ってしまうのは当然だろう。

 別に戻りたいなどと思ってはいなかった。最後に願ったのはあの人の幸せだった。

 なのに私にもう一度、あの苦行を繰り返せというのか。だけどそれも叶わないことだ。もう、私にもう一度処刑まで持っていくだけの気力はなかった。

 私はあったであろう未来に自分の首と共にあの人の、殿下への想いを置いてきてしまったから。

 今はもう、殿下への想いはない。だから殿下の為に自分を犠牲にする必要性を感じなかった。


 この一か月の間に殿下にも会った。すれ違えば挨拶をし、話しかけられればそれに答えた。だけど以前のように込み上がる感情はない。ただただ、無感情であるだけだった。

 正直、過去に戻ってきて初めて殿下に再会したときは怖かった。殿下への想いが甦るのではないかという恐怖でまともに目も合わせられなかった。

 だけどしっかりと殿下の目を見たとき、私は心の底から安堵した。殿下に対して愛しいと思う気持ちは込み上げてはこなかった。私はきちんと想いを置いてくることができていたのだ。

 だから再会を果たしてからは何も気にせず殿下と言葉を交わすことができた。殿下があの子と話していても何も感じずにいられた。私は以前の私とは変わったのだと、そう実感できた。

 今の私にとって殿下は、政略結婚の相手で義務的に付き合う人でしかなかった。





「イザベラ、放っておいてよろしいの?」

「何をですか?」

「殿下とあの馴れ馴れしい子爵令嬢アマンダのことです!」

「ああ、よろしいのではなくて?」

「婚約者が他の令嬢と仲良くなさっているのですよ!…私は貴女が傷つくのを見たくないの」

「キャサリンは優しいのね。でも大丈夫よ、だって私は何とも思ってないもの」


 そう確かに告げたのにどこか納得していないような顔をしている女性は、友人たちの中でも特に仲の良い友人であるキャサリン侯爵令嬢だ。

 彼女は私を心配してくれているようで、私以上に彼女の方が辛そうな顔をしている。

 そんな顔をする必要はないのに。だって本当に何とも思っていないんだもの。


「…夏季休暇の間に殿下と何かあったの?貴女近頃変だわ」

「そうかしら」


 他の友人たちは気付かなかったのに、彼女は私の小さな変化に気付いていたらしい。本当に優しい人だ。

 彼女は以前の私が嫉妬に狂う女になっても、最後まで私を正そうとしてくれた唯一の友人だった。彼女の海のような広大な優しさに、少し泣きたくなってしまう。


「だって夏季休暇の前までは殿下とあの女が一緒にいると、貴女は辛そうな顔をしていたじゃない。なのに夏季休暇が終わってみれば、貴女は特に気にもとめなくなった」

「殿下も火遊びをしたいお年頃なのでしょう」

「貴女はそれでいいの?」

「いいんじゃないかしら?殿下のことはもう、どうでもいいのよ」


 それは紛れもなく本心だった。そしてそれに気付いたキャサリンは、目を見開いて驚いている。


「私は彼女が側妃になろうと構わないし、彼女を殿下が寵愛していても構わない。もし正妃にと望んでいらっしゃるのなら、こちらから婚約破棄を願い出て私は修道院で今後の人生を過ごしても構わないとも思っているわ」

「どうして!?貴女は殿下のことを愛していたのではないの?」

「確かに、以前は愛していたわ。でも今の私は殿下のことを愛してはいないもの。…いえ、多少の愛情はあるからそうね…恋い焦がれることはなくなった、とでも言えばいいのかしら?」


 殿下に対して愛情がない訳ではない。婚約者となってから共に長い時間を過ごしてきたし、確かに愛情はある。だけどそれは家族に対するような愛情で、今の私は殿下に恋情など一切抱いてはいなかった。

 だから殿下が好きな人と結ばれたとしても、おめでとうとしか思えなかった。


「…何か、辛いことでもあったの?」

「ないわよ」

「でも…!」


 心優しい私の自慢の友人は、以前の私のように苦しんで胸を痛めてくれているらしい。

 どうしたらこの友人に、こんな顔をさせずに済むのだろうか。

 失礼かもしれないと思いつつ、彼女の髪をそっと撫でた。彼女は驚いて、そして困惑したような顔をしている。


「あのね、キャサリン。本当になんでもないの。ただ置いてきただけなの」

「置いてきた…?」

「そう、殿下への想いを置いてきただけよ」

「…そう」


 困ったように笑って彼女にそう言うと、彼女は引き下がってくれた。

 以前の私は殿下の為にとその身を犠牲にしてでも殿下の幸せの為に動いていたけれど、私は今の自分の方がいいと思える。

 殿下しか目に見えていなかった頃の私は、こんなにも心配してくれる友人やかけがえのない侍女をないがしろにしてしまっていたのだから。


 何故過去に戻ってきてしまったのかは分からない。もう一度あの苦行を繰り返さなければいけないのかと怯えたり、殿下に会うまではただただ恐ろしかった。

 だけど、過去に戻ってこれたことに今は感謝している。だって、こんなにも私の周りには見逃してしまっていた優しさが溢れていたんだもの。



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