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Nyx-ニュクス-  作者: 羽々
2/3

始まりのタナトス

『剣』。

 刀身までも黒い禍々しいそれは突如現れ、男二人を串刺しにした。


「いや、これは……」


『剣』の出現を目の当たりにした仮宮 志友梨(かりみや しゆり)は刀身の根元を見る。

 確かに死体を盾として扱った男のは貫かれていた。

 しかし、盾として扱われた死体はその『剣』に貫かれたというより、


()()()()()?」


 盾となった死体の背中から刀身が伸びている。その根元からは一切血が出ていなかったのだ。

 つまりは死体から『剣』が生えていた。

 ルビーの瞳を持つ少女もその光景に唖然としていた。


「これは、……魔術?そ、それとも……」


 少女は腕を組んで何か思考していた。

 が、志友梨にそんな余裕はない。

 洗脳されたと思しき人間がまだ残っている。

 残りは4人。後ろの少女を合わせて5人。

 ナイフがあるとはいえ、依然不利なのはわからない。


 でも、手がないわけじゃない。


 あの『剣』。

 相手は丸腰だ。武器になるような物は持っていない。

 ナイフよりリーチのあるあれを手にすれば複数人が相手でもなんとかなる筈だ。

 しかし逆にここで相手に『剣』を奪われるのが一番まずい。それだけは……。


 洗脳された者が近づいてくる。相変わらず動きは鈍いが、また突拍子もない事をするかもしれない。


 志友梨は死体から『剣』を抜く。

『剣』の全身が姿を見せる。

 黒くて分かりづらいが、細身の両刃でちゃんとグリップもある。刃渡りは80㎝程。形は西洋の剣だった。


「っ……、ここは撤退か」


 あんな(もの)を取り出されては勝機はないと判断して、この場を去ろうとする少女。

 その一瞬、志友梨の方を一瞥して呟く。


「あの眼、やっぱり……」


 一方で『剣』を手にした志友梨は不思議な感覚に飲まれていた。

 妙に手に馴染むのだ。

 まるで昔から愛用していたような、

 まるで身体の一部のような。

 ―構える。

 剣術の心得はないが、十分に渡り合える筈だ。


 まずは一番近くにいる男に斬りかかる。

 上段、右上から左下へ一閃。

 相手に避ける機動力はなく、命中する。

 が、やはり問題はここからだった。

 後方に控えていた別の男が斬られた男を勢いよく蹴り飛ばした。

 目眩しのつもりか、心で呟きながら『剣』で斬り払う。

 返り血も気にせず前に向き直ると、2人の男が手の届く範囲まで接近していた。

 左側の男は拳を握り、顔面目掛けて放つ。

 間一髪でそれを回避すると次の攻撃が飛んでくる。

 右側の男が蹴りで志友梨の足を払う。

 バランスが崩れ、志友梨の身体は倒れるしかない。


 ―そう、通常ならば。


『剣』を地面に突き立て、それを支えにして殴ってきた男の顔を蹴る。

 志友梨の足が地に着く。

 それと同時、右側の男が掴みかかる。

 しかし悲しいかな。人の腕と『剣』、どちらが長いかなど言うべくもない。

 横一文字。その男は切断される。

 あと2人。呼吸を整えて、『剣』を振る。

 その前に、


 ―志友梨の背中に何かが突き刺さった。


「がぁ………!?」


 後ろを見る。もう1人の男がガラス片で刺していた。

 油断した。相手は武器などなく、丸腰の人間だと。

 建物の窓を割って武器を作った。

 その発想を志友梨は持っていなかった。


 自身の血が地面に落ちるのを視認すると、()()()()()()()()


「あ………なん、で……」


 武器も消えてしまった。

 いつのまにか、目の熱さも治まっていた。

 これは死んだ、そう思った。

 これは罰か、そう自分に言った。


「―初戦にしては上出来だよ」


 新しい声。

 その声と共に風が吹き荒れた。

 風はガラス片を持った男に()()()()()

 首元を食い千切られていた。


 その風の正体は一匹の白い犬。


 血が付着しているものの、綺麗な白だった。

 瞳は黄金。そして首輪の代わりに大粒の数珠が首に巻かれている。


「………っ」


 志友梨は一歩退いてしまう。

 白い犬の鋭い眼光に気圧された。

 まさか次は自分が食われるのではないか、という不安が脳裏をよぎる。

 犬が飛ぶ。

 志友梨を越えて残りの洗脳された男へ向かう。

 鮮やかな動きで犬はまた男の首を狙い、牙を剥いた。

 瞬時に動きが機敏になるとはいえ、通常スローモーションな男は抵抗する間もなく狩られた。

 その犬の姿を見つつ、全身の力が抜けて志友梨はその場に座り込んでしまう。


「あの犬は、一体…」


 その問いに誰かが答えた。


「あれは僕の飼い犬だ」


 声の方に目をやる。

 電柱の物陰からこれまた白い青年が現れた。

 年齢20代後半くらいで銀髪、白いカッターシャツに

 黒いズボンの青年だった。


「僕は久咲 蒼(くざき そう)。君は?」


「…………」


「警戒されて当然か。大丈夫、僕はこの人達みたいに操られてない。だから僕は敵じゃないしあの犬だって君を襲ったりしない」


 立てるかい?、と久咲と名乗る青年は手を差し出す。


「貴方は、何者なの?」


「名前は名乗った」


「そうじゃなくて、……その」


「―魔術師。僕は魔術師なんだ」


 その言葉に志友梨は何も言葉を返せなかった。

 呆れたわけじゃない。ただ何となく腑に落ちたというか、納得してしまっていた。


「君は?君の名前をまだ聞いてない」


「私は、仮宮(かりみや)……志友梨(しゆり)


 敵意のようなものは感じられない。

 味方として判断してもいいのか、志友梨は迷っていると、


「志友梨か。じゃあ志友梨、ここを離れようか。ここの近くに僕が泊まってるホテルがある。そこで傷の手当てをしよう。それと君が置かれている状況も教えよう」


 優しく魔術師は微笑みかけた。



 ◇



 結局、足に力が入らず久咲におぶられてホテルに着いた。

 途中までついて来ていた白い犬はいつの間にか姿を消している。


「本当なら病院に行くべきなんだろうが、君は殺人犯だからね。相棒が捕まるのは困る」


 などと言いながらホテルへ入る。


「もういい、降ろして」


 久咲の背中から降りてロビーを見渡す。

 そこで志友梨は気付いた事があった。

 辺りの人は誰も志友梨と久咲を見ていない。

 久咲はともかく、志友梨は血塗れだ。間違いなく人の目を引く格好だろう。


「彼らには僕らは見えてないよ。『人払い』の応用で…って言っても分からないか」


 どういう理屈か、他の人には見えてないようだ。

 ロビーを抜けてエレベーターへ向かう。

 久咲の部屋は5階だという。

 そしてあの本に埋もれた部屋に案内されて、傷の治療をする。


 そこで志友梨は聴かされる。

 ―『死んだように眠る夜』の話を。


 ◇


「思い出せたかい?あの時出現した『剣』、あれは君の眼の作用だ」


 久咲は志友梨の眼を指差す。

 確かにあの時志友梨の眼に燃えるような痛みが走った。

 しかし、それとあの黒い『剣』になんの関係があるのか。


「君の眼、それは『魔眼』だ。魔を宿した眼。対象を視る事で何らかの効果を発揮する。

 例えばゴルゴンの眼。これは有名だし聞いた事があるんじゃないかな?視た者を石にするってやつさ。あれは別格だけど『魔眼』の一種だよ。

 『魔眼』には5つの属性があって、『死』(タナトス)『死の定業』(モロス)『死の運命』(ケーレス)『眠り』(ヒュプノス)『夢』(オネイロス)。そう、夜が生んだ子供達だ。」


 ああ、ゴルゴンの眼はこの5属性には当てはまらないけど、と付け足す。

 白い魔術師は続ける。

 夜にまつわる『眼』の話を。


「志友梨の『眼』の属性は『死』(タナトス)だろうね。一部始終見ていたからわかるよ、君が最初にナイフで首を切った男から『剣』が伸びていた。恐らく、その『魔眼』の能力はこうだ」


 久咲は一拍置いてから言う。


「死体から『剣』を生成させる能力」


 志友梨は口を挟まず聴き続ける。


「人の死を視る事で、その死を『剣』へ象徴化する。

 ちなみに神話でのタナトスも剣を持っているとされる。タナトスは死んだ人間の魂を冥界に連れて行く役割があり、その際に死んだ人間の髪を一房切ってから連れて行く。君の『剣』はそれだ。さぞ斬れ味が良いだろうね」


 積み上げられた本の山に久咲は腰を下ろした。


「魔眼に………属性………」


 志友梨はあの少女を思い浮かべる。

 ルビーの瞳を持つ少女。

 あの眼も魔眼なのだろうか。


「君が対峙した少女、あの少女も魔眼を所持しているのか」


 読まれていた。

 志友梨の思考はお見通しらしい。


「遠目で見ていたからイマイチ分からなかったが、どうだった?彼女の眼を見て何が起こった?」


「…………睡魔に襲われたような、急に意識が遠のいて」


「なるほど、だから自分の腕を刺したのか。なら彼女の魔眼は『眠り』(ヒュプノス)属性で間違いないだろう。視た者を眠らせる。分かりやすくて助かる」


「…………」


 手で片方の目を覆う。

 何故、自分にこんな能力が発現したのか。

 何故、自分はあの少女に命を狙われたのか。

 この2つの疑問が志友梨の頭に浮かんだ。


「魔眼の発現、殺されかけた理由。ここからは僕らの目的にも関係する」


「目的……」


「『()()()()()()()』。これが目的だ」


「……?」


「魔術師達は夜を来るべき時間ではなく、到達するべき場所として捉えた。五つの属性に分類される魔眼は言わば『鍵』だ。夜への扉を開ける為の『鍵』」


「私が、この眼が、『鍵』」


『死』(タナトス)の魔眼。

夜へ到達する為の鍵。

志友梨はゆっくり視線を落とす。

床には数多の本。その中の1つ、久咲が持っていた『神統記』が目に入る。


(夜に、か……)


その響きは詩的で、魔的。

彼女の意識は次第に薄れていく。さながら夜に飲まれていくように。

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