車庫に車を停めるだけのお話
もうとっくに日は暮れて、生暖かい空気が辺りに充満し、街灯が通る人もまばらな道路を照らし出してる。
一日中、外にいた僕も、体の火照りは収まっていなかった。
八月も終わるというのに、まだまだ暑い日が続いている。
それでも、僕はいつものように彼を待ちつづている。
いつも夜遅くに、彼は帰ってくる。
そして、今夜も彼が帰ってきた。
火照った路面をゆっくりとゆっくりと走り抜けて、僕の前で止まった。
「おかえり」
「ただいま」
なんてことの無い言葉を交わし、後は言葉なんて要らなかった。
帰ってきて、早々に、彼は僕の中に彼自身を入れてきた。
火照った僕に、同じように火照ったままの彼が、ゆっくりと、ゆっくりと、傷つかないように入れてくる。
決して強引になんて入れてこない、彼はとても優しく、紳士なんだ。
そんなところに僕は、初めて出会った日から惹かれていた。
彼は、ゆっくりとゆっくりと、私の中へと、奥深くの底にまでバックで入り込んでくる。
そして、彼は動きを止めて、僕と彼は一つになる。
好きな人と体を一つにしていくことになんて幸福を感じ取るのだろう。
毎日、毎日、繰り返しているのに、決して嫌になんてならない。僕も彼もただひたすらに安らいでいた。
そう、車庫の僕に、ライトバンの車両である彼がバックで駐車した。
ただ、それだけのことなのだけど、僕は役目を果たし、彼は、つかの間の休みを手に入れた。
お互いがお互いのためになって、互いが互いに必要としていることが、こんなにもはっきりと分かるなんて、どうしてこうも素晴らしいのだろうか。
でも、こんな毎日の幸せが、あんなにあっけなく壊れるなんて、僕はこのとき、知るよしもなかった。
それは唐突にやってきた。
分かるはずなんて、無かった。
彼が僕の中から出て、一人寂しくしていると、そいつは姿を現した。
工事用の六トントラックだ。
近くで工事でもするのだろうか、別に気にする必要もないから一瞥だけしたのに、僕は強引にシャッターを見知らぬ人間に開けられた。
「え? な、どうして?」
戸惑う僕に、六トントラックが口を開く。
「ちょっと狭いから、あんたの中に入らせてもらうだけさ。我慢しな」
「そ、そんなの聞いてない!? 僕はあの車だけなんだ!」
「さーて、そんなことは知らねぇなぁ。お邪魔するぜ! おーっとシャッターは電動で、セキュリティーもしっかりしているねぇ。積雪にも耐えるように造りもいいじゃないか。いいところのお坊ちゃんだな」
「や、やめて、はいってこないで!」
「諦めな。へっへっへ、中も小綺麗だが使い込んでいるなぁ。駐車しまくりじゃねぇか?」
「で、でも、僕はあの車しか!」
必死に抵抗するが、トラックはすでに先端を僕の中に入れてきていた。
そ、そんな、強引に前から入ってくるなんて!?
「いいから、駐車させな! 何を喚いたって、俺はお前の中に駐車するんだよ!」
「や、やめて、そんなに大きいのは入らないから! こ、壊れちゃう!」
左右のスペースが全然無いじゃないか!
天井もギリギリだ!?
停めたところで、運転手はどうやって降りるんだ!?
「安心しな、俺の運転手はテクニシャンだぜぇ? へっへっへっ。上手すぎてメロメロになっちまうのも時間の問題だ」
「そ、そんなことあるわけがっ、あ! こすれそう!」
「傷はつけねぇさ。おらおら、どんどん入ってきたな。へっへっへっ、たまにはあんたみたいな上品な奴の中に入ってみるもんだなぁ! 駐車の具合が全然違うぜ!」
「だ、だから、乗用車用の僕にあなたみたいな大きなのは無理だから! だ、駄目!」
「嫌って言いながらも、もうこんなに入っちまったぜ」
「い、いやぁ! やめて! な、中に出さないで! 排気ガス出さないで!」
「出るもんな出ちまうんだ、たーっぷり出してやるぜ、排気ガスをな!」
「や、嫌だっ」
泣き叫びながらも、僕は強引にトラックに体を許してしまったのだった。
どうすることも出来なかったとはいえ、彼にこんな裏切りをしてしまうなんて。
白昼堂々と見知らぬトラックに駐車されてしまった。
こんなのは絶対に彼に見せられない。
「えっ?」
嘘だ。
そんなまさか。
すぐ目の前の道路に彼がいた。
どうして、いつの間に!?
こ、こんな『真っ昼間から信じていた車庫に見知らぬトラックが駐車されていた』なんて光景を彼が目にしている!?
い、いつもは夜遅くに帰ってくるのに、どうして!?
「ち、違うんだ。こ、この車が強引に! ぼ、僕はコインパーキングみたいに誰にでもお金で体を許しなんてしない!」
「……」
「違うんだ。信じて!」
「……」
でも、彼は呆然とトラックを見ている。
「おっと、相方か? あんたの相方に駐車しているぜ! この反応と良い、俺みたいにでかい奴は初めてみたいだな」
トラック野郎が何が楽しいのか、彼を挑発する。
「……そこは俺の場所だから、早く出ていってほしい」
「意外に冷静だな。信じていた車庫をとられて、駐車出来ないなんて、怒り出すかと」
「……黙っていてくれ」
「へいへい。安心しなよ。工事が終わったらおさらばさ」
たった数時間のはずだけど、それはとてもとても長い数時間だった。
すでにトラック野郎は去っていて、彼はいつものようにバックで僕の中に入っていた。
しばらくは、僕たちの間に言葉はなかった。
僕から口を開く勇気は無かった。
それでも、いつもの安らぎの時間がどうしてこんなに重々しいのだろう。
「……ごめん」
だけど、とうとう、彼が弱々しく口を開いた。
「謝るのは僕だよ……」
「違うんだ……」
「え?」
「今日のことも仕方ないことだったんだ。だけど、そもそも、俺は……」
「……」
「俺は毎日、会社に行って、君の知らない車庫にバックで入れているんだ……」
「嘘……」
まるで、ブレーキとアクセルを踏み間違えられて突っ込まれたような衝撃だった。
「だ、だって、会社は駐車場に停めているって!」
「少し前から……車庫が出来たんだ。君よりも新しくて金額の高くて、警備会社に契約までしてしていて、大きいから、君よりも駐車しやすいし、車止めもきちんとある!」
何か罪悪感から逃げるかのように彼は叫んでいた。
そ、そんなことになっていたなんて、そんなそぶりすら気がつかなかった。
「や、やめて! 他の車庫の話なんて聞きたくない!」
「だけど! だけど! 聞いてくれ! 俺が君に……」
「もういい! 聞きたくない! 言い訳なんて聞きたくない!」
僕は、僕は、もう、何も分からない。
何も知らずに、彼にバックで駐車させていたなんて。
こんなことなら、こんな裏切りがあるなら、もう、何も知らないままがよかった!
車なんて、駐車出来たらいいじゃないか!
次回作嘘予告
次回嘘企画の初心者歓迎BLT短編には、今作の続編として肉食系ベーコンと草食系レタスのカップルにフルーツトマトが小悪魔的に二人を誘惑する魅惑の三角関係の展開となります。
次回『正にサンドウィッチ、ベーコンの賞味期限切れはマヨネーズが知っていた!?』