LXXⅡ 卍 T君の話 卍
T君、彼とは20年くらい前から面識があった。お互いプラモ屋の常連として顔を合わせていたのだ。多いときには二日に一度くらい。
T君は絵に描いたような昭和のオタクだ。デブ。上野あたりで買ったアメリカ陸軍迷彩服の上下に中身ぱんぱんの巨大な野戦リュック。
ものすごいマシンガントークで誰も訊ねた覚えのない軍事知識を10分くらい喋り続ける。こうなると傾聴している我々もたいへんだった。なんせ彼の口臭は酷かった。腐ったチーズみたいな汚臭が1時間くらい鼻孔にこびりつく。夏場は体臭もキツかった。
そんな彼だったから真に親しき友達はいなかった。じっさい精神的にも内気なのか友達を作ることはできなさそうだったし……言葉の端々から迷彩服で世間を……たとえば電車の車内で一般客とかを威嚇できていると思っていたらしい。思ってた、というかそう信じたがってたのか。マーシャルアーツを習得していてキレると手に負えなくなるくらい強いとも聞いたが、誰も信じてなかった。
わたしも十年前まで常連だった店が無くなるまでは、(あいつチョーうざい……)くらいに思っていた。
ハッキリとした拒絶を示さなかったのがイケナイのだが、彼は店のお客100人中98人には嫌われていたため、ちょっと可哀相ではあった。それに店にカネ払いが良かったので追っ払えない、という遠慮もあった。
そんなわけで、友達と思われていたらしい。安い同情心で構ったりするのはそれで誠実さに欠けるから、せいぜい挨拶する程度だったのだが(マシンガントークはうっかり気を抜くと巻き込まれる)
で、その店が無くなり、わたしは近所の新しい店の常連になったのだが、なんと、その店にもT君は現れたのだ。
今度ばかりはしょうがないので、とりあえずニオイだけなんとかしてもらうよう、その店の店長と協力してなるべくやんわりと……あらためるよう働きかけた。彼は毎週2~3回来店して5時間も居座り続けるので店も必死だ。
それからしばらくすると、彼はずいぶんまともになったと思う。口臭はなくなり、おかげで彼のトークにも我慢できるようになった。一方的に喋る時間も減って、会話ができるようになった。
そこまで変われるなら嫌う理由もない。ミリオタトークやヤマトの話とかに花を咲かせた。口癖は「はやく年金生活者になって好きなことだけしたい」というものだった。
2年前から精神を患い仕事は長期休養か半ドンになっていたけど、郵便局勤めの公務員なのでクビにもならず、将来的な心配はなさそうだった。
そのT君の訃報をが届いたのは去年の夏。
配達作業中、熱中症でばったり倒れてそのまま亡くなったという。その話もプラモ屋で伝えられたのだが、3週間ほど来店が途絶えて予約品が溜まってたので電話したら、弟さんが出て知ったのだという。
お客の誰もT君の携帯番号は知らず、結局親しいレベルのダチはいなかったらしい。ふたりくらいは泣いたそうな。
わたしは泣きはしなかったが、どこかぽっかり穴が空いた気持ちにはなった。彼に対して誠実であれたのかは、まだ分からない