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ⅩⅩ 卍 不屈 卍

 【不屈】とはディック・フランシスの小説のタイトル。

 このひとは1960年代に冒険小説でデビューしたひとで、絶大な評価を受けたのも60~70年代。なので初期作品、とくに片腕の探偵シッド・ハレーの【利腕】ばかりが評価されているが、21世紀まで一貫して「競馬シリーズ」と呼ばれる娯楽小説を毎年一冊出していた。


 そして「あまり評価されてない」後期作品こそ傑作ばかりなんです。【黄金】【敵手】そして【不屈】

 ときには単なる娯楽小説を越えた文学的閃きを見せる、という評価を受けたのもこの時期でした。



 【不屈】の主人公アリグサンダー・キンロックは画家。貴族なのに山小屋にひとり住み、年がら年中絵を描いている。けど実家の家宝を狙う悪党に半殺しにされたことでしぶしぶ山を下り、数々の問題を解決しようとする。


 その中で城に住む叔父から、歴史的遺物を市民の手に委ねよという過激運動家のおばさんに対処して欲しいと頼まれる。

 だがアリグサンダーはその老女と接するうちに「霊感」を得て、絵を描き始める。


 この老女の肖像画を描く課程が、じつに作家という人種の内面をうまく書いている。


 アリグサンダーはおのれの内面から沸き起こる「創作意欲」に突き動かされ、いわば隷属状態になって「描かされる」のだ。

 作業を続けるうちに「もうダメ、自分の才能じゃしょせん頭の中にある「これ」を表現しきれるわけない……だけど、だけど頭の中で「やれ!」って強いるんだよ……!くそーっ!!」

 

 という感じで内面の得体の知れないちからに屈する形で、アリグサンダーは(しぶしぶ)絵に最後の仕上げを書き込んでゆくのだ。


 このシーンは間違いなく【不屈】の見せ場である。頭の中でおさえようもなく膨らんでゆく「創作意欲」という怪物にあらがえず、作者自身が単なる出力装置になってしまう……


 これなんだよな!

 偉大な作品とは無縁な自分でも、これは実感できる。

 プラモとか立体物を作っている時でも、「これこれこういう工作を追加しよう……いや追加しないといけない……絶対追加しないとダメなんだ~!」という強迫観念に捕らわれることがある。

 そして脳内イメージ通りの物が出来上がると、その満足感はたいへんなもので、一週間くらいはハイ状態になる。

 

 残念ながら「なろう」の創作活動ではそれほど強烈なのは未経験ですけどね。

 でも頭の中にいつの間にか「課題リスト」が出来上がってることはあって、たとえば主人公にケンカをさせねばならない……田原総一朗らしき人物とバトルするシーンをどうしても描かねばならない……なんてのが頭にこびりつくと、面倒くさいのに夢中になって文を組み立てる。そうしてる時がものすごく幸せだったりする。



 してみると偉大な作品という代物は、作者自身がそれまでの人生で得た諸々、テクニックや知識、美意識や思念……そういうものがある日突然集約して「やい俺をおまえのそのくだらないオツムから絞り出せ!!」と命じた結果なのかもしれない、と思い至った。


 作者はおのれの蓄積した経験値の奴隷となるのである。


 これこそ自分が「作品と作者の人格は分けて考えねばならぬ」と主張するゆえんでもある。

 「描いた」のではなくなにか得体の知れないちからに「描かされた」……そうして何世紀も読み継がれる書籍や絵画、音楽が生まれたし、その偉大さに作者自身の人格は関係がない……


 ルソーは子供を作っては捨て生涯を世俗的な名声の獲得に費やしたクズだったらしいけど、きっと 『社会契約論』を書いてた時は「こんなご立派な代物オレ書く資格ないよ~!」と泣きながら「書かされていた/書かざるをえなかった」のだと思うと腑に落ちる。


 偉大なアーティストがそうした天啓と呼ぶべきものを受けたのだろうけど、【不屈】はその課程をじつに分かりやすく克明に描いているのです。


 そんな、霊感に突き動かされて作品をものし、我に返ったあと「なんでおれこんなもの書けたんだろ」と首を傾げるくらいの経験してみたいですね(溜息)

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