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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏のホラー2017

新しい噂

作者: 鷹参

「裏野ドリームランドの噂ね……今さら調べてどうするのだい?」

白髪の老人は顔を顰めて、アイスコーヒーをストローですいと啜った。

年齢の割には背筋も伸びて矍鑠としている。

夏のある日。

周囲には誰も居ない喫茶店の隅で僕は取材をしていた。


随分前に廃園になった遊園地がある。

名前は裏野ドリームランド。

当時としては本格的なテーマパークを目指して開園した大型遊園地だ。

長らく大勢の客で賑わったが、やがて集客数を落として閉園した。

その後は廃墟となっている。


「廃墟となった遊園地というのは人気といいますか。中に入って見たい人もいますし、怖い噂話の舞台になったりするんですよ」

僕は老人に説明した。

世の中には廃墟マニアというのがいる。また、何故か廃墟になると心霊スポット化したりする。「実は前からこんな噂があった」とか、都市伝説のような怪談や怖い出来事の舞台として語られるようになる。


「随分前に閉園したというのに人気か。皮肉なものだね」

きらびやかで賑やかで、人が集い楽しく過ごすための場所だった。

それが廃園となり廃墟になれば、全く真逆の状態だ。

人のいなくなった空っぽの遊園地。

それだけで不気味だ。


「裏野ドリームランドにもいくつか噂がありまして。お話を伺わせて頂きたいんです。ネットの自分のサイトで公開しようと思っています」

「物好きな人もいるものだね」

彼は半ば呆れているようだ。

「よろしくおねがいします。もちろん些少ですが謝礼も用意しました」

テーブルの上に封筒を置く。

老人は手に取って封筒の中を確かめた。


「……その怪談やら噂話だけどね」

「はい」

「私が務めていた頃に聞いたことがなかったら、答えられないよね」

「それは仕方ないです。当時のアトラクションのことや様子などを教えてもらえれば」

その噂がどうやって発生したのか考えたり、怖い話の舞台となったアトラクションのことを調べるのも楽しい。

「噂の真相ってのは案外大したもんじゃないよ。ほとんどが見間違いや聞き違い。そんなものだよ」

老人はグラスの中の氷をストローでクルクル回している。


「はい、そうですよね。でも、それはそれで面白いので」

よくあることだ。

暗い廃墟を歩けばそれだけで幽霊が居そうな雰囲気だ。ちょっとした壁のシミだって恐ろしく見える。

昔から「幽霊の正体見たり雪柳」というヤツだ。

それに怖い話というのは怖さの核を持っているが変化することもある。

その変遷をたぐるのも興味深い。


「わかった。ところでもう少し出す気はあるかな」

老人は封筒を麻のジャケットの内側にしまう。

「謝礼がたりませんでしたでしたか」

けっこうな額を入れたつもりだったのだけど。

「裏野ドリームランドを見たいのだよね」

そう言って老人はポケットから鍵束を取り出した。

「それは……」

大小さまざまな形のキーがある。

まさか、それって。

「そうだよ。裏野ドリームランドの鍵だ」

逸る心を抑える。

「でも中に入ったらセキュリティが」

廃園となっても中に人が入りこんでケガをすれば管理者の責任が問われる。その為に厳重に封鎖して出入り口に鍵をかけ、管理人が巡回しているところもある。中にセンサーを設置していて、異常があれば即警備会社から人が飛んできて、そのまま警察行きというのも有る。


「あの廃園の管理責任者は私なんだ」

老人は笑った。

よっしゃキタ!

僕はぐっと拳を握った。

やった。大当たりだ。

かつて裏野ドリームランドに勤務していた老人に話を聞ければいいと思っていたが、まさか今は廃園の管理人をしていたとは。

「撮影は禁止だよ。それからネット公開ってのも無しだ。入ったって事実だけで問題になるからね。裏野ドリームランドに行くことを誰にも話さず、絶対に秘密を守れるなら。日を改めて、私の見回りに付いて来てもいい」

「それは……わかりました! ぜひお願いします!」

写真を撮れないのは痛い。痛いけどあの廃墟の中に入れる!

「ただし、幾つか条件があるからね」

老人は興奮する僕にそう言うと、氷の解けて薄くなったアイスコーヒーの残りを音も無く吸った。



入口の直ぐ傍にある建物に僕とあの老人は居る。

外は太陽が容赦なく照り付けていた。

本当は夜が良かったが、深夜に廃墟を歩くのは危険なので昼間になった。

昨日からずっとどきどきしっぱなしだ。

今の僕の格好はジャージに安全靴。

老人の服装は変わらない。

散歩に行くような格好で手にはステッキを持っていた。

今からついに壁の向こう側、裏野ドリームランドに行くのだ。


老人に案内されて、僕は廃園となった裏野ドリームランドを夢中で見て回った。

最高だ。

朽ちた世界。

錆びた遊具。

崩れて。

静かで。

誰も居ない遊園地がこれほど凄いなんて。

なんて素敵なんだろう。


事故があったというジェットコースターは少しだけ傾いでいた。

アクアツアーの真ん中にある島には、プラスチックの怪物達が草に埋もれている。

出てきた人がまるで別人だったというミラーハウスは天井に穴が開き、砕けて汚れたガラス片が散乱しているのが外から見えた。

ドリームキャッスルは亡霊の出そうな廃城となっているが、老人からここには地下室は無いと言われてしまった。

メリーゴーラウンドは色あせて所々の塗装が落ちた回転木馬達が寂し気だ。

観覧車からは風に微かに動いているのか、きいきぃと音がするが人の声に間違うのは難しいと思った。


「こっちだ」

僕のあまりの興奮ぶりに、老人は今から取って置きの場所へ案内してくれるという。

一体どこだろう。

老人は噂のあったアトラクション以外も幾つか見せてくれた。

どれも素晴らしく朽ちていた。

園内はほぼ全て回ったと思ったけど、何があるのだろう。

「気を付けてついて来なさい」

老人は疲れた様子もなくを先を歩く。

ステッキなど必要ないのではと思うくらいだ。


「ここだ」

老人は僕を遊園地の地下へと案内した。

凄いぞ。

こんな場所があったなんて!


管理棟だった建物に、地下への階段があった。

ここだけはまだ通電しているそうで、蛍光灯の照明もある。

建物二階分くらい降りると今度は地下通路が横に伸びていた。

ここは明るくてゴミも無い。

まるで地下鉄の駅構内のようだ。

けれど、廃墟ではないのに僕は何故か不安になった。


「裏野ドリームランドが海外のテーマパークを模して作られたのは知っているね? 裏野ドリームランドには、管理用の地下通路もあったんだ。お客には見せないこの夢の国の血管や(はらわた)みたいなものだね」

「そこまでしてたんですね」

たしかに老人の言う通り「裏野ドリームランド」のモデルは海外のテーマパークだったらしい。

しかし、そこまでしていたとは。残っている資料にも載っていなかった。


「さあ、行こう」

通路沿いにはいくつかドアがある。

「ここには備品などを入れていた。こっちは休憩室だね」

老人に案内されて五十メートルほど歩くと奥は行き止まりだ。

横には頑丈そうな黒い扉がある。

老人が開錠して扉を開く。

ぎいいいと通路に大きな音が響いた。

「そしてこの向こうが」

中を指さす。

覗き込むが扉の奥は真っ暗だ。

「なんです?」

と老人の方を向くがいない。

慌てて後ろを振り向く。

老人が僕に向かってステッキを振り下ろすのが見えた。



眩しい。

頭がズキズキする。

気が付くと僕は寝台の上に横たわっていた。

あれ、へんだな。

手足が固定されていて動けない!

僕はパニックになって声を上げた。


「気が付いたか」

なぜかあの老人が白衣を着て立っていた。

まるで手術をする医者のように。

僕は拘束を解くよう怒鳴ったが、老人は冷たい目で僕を見ているだけだった。

「裏野ドリームランドの噂とは不思議なものだね。間違いも有り、稚拙であることも、内容が変わることもある。しかし何かしらの真実を含んでいる。おもしろいものだね」


老人が僕の死角に移動した。

金属音がする。

きんきん、きりきり、かちんかちん。

何か道具の調子を見ているような音。


「そして噂話は長い年月が経っても語られ、人を惹きつけることがある。君のように」

血の気が引いていく。

僕は老人が出した条件通りにしていた。

秘密を守るため、誰にもここに来ることを話していない。

撮影禁止徹底と言われてスマホも置いて来た。

僕がここに居ることを知っているのは、この老人だけ。


「ドリームキャッスルには隠された地下室があって、そこは拷問部屋になっているという噂にも、やはり間違いと真実がある」

やめてくれ、開放してくれと身を捩って何度も叫ぶ。

老人はさっき言っていた。

ドリームキャッスル(・・・・・・・・・)には(・・)地下室は無い、と。


「はじめようか」

僕を覗き込むように見下ろす老人はマスクをしていた。

それなのにその声が、目が嬉しそうで笑みを浮かべているのが解った。

僕は悲鳴を上げていた。

老人の手にするメスが光を反射していた。




ある廃墟マニアのホームページは、もうずっと更新されていない。

そして廃墟やオカルト好きな人間の間では、最近こんな噂が囁かれている。

「その遊園地の廃墟は素晴らしく、訪れた者は朽ちゆく美しさに魅入られて、囚われてしまうらしい」と。

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