10話 壊れてしまったその部屋でー03
とつとつと、頴娃君は、自分で表現する所の、「言い訳」を話し始めた。
それは、確かに僕に対してのものだったが、
それと同等かそれ以上に、誰でもいいから、誰かに聞いて欲しかったのだろう。
僕は、少しだけ警戒を緩めて―――英知や栞なら、まだこの段階では気を抜かないのだろうか。………まぁいいさ、それが僕という人間なんだから―――頴娃君の独白を聞くことにする。
「………始めは、本当に話を聞くだけのつもりだったんです。【此処】という不安定な場所から脱出するために、少しでも情報が欲しかった。それで、色々調べているようだった英知さんに話を聞く事にしたんです。」
「―――それは、普通に聞くのでは駄目だったのかな?何もあんな方法を取らなくても。」
鞘香さんにあの骨を作らせて―――ん?いやでもそれは、本当の所どうなんだろう。後から詳しく聞いてみよう。
僕たちに暴力で言う事を聞かそうとした。
「ええ、今思えばそうなんですが、その時の僕は、普通に聞いても教えてくれる訳がないと思っていました。思い込んでいました。………多分その時にはもう、ある程度取り込まれてしまっていたんです。」
「取り込まれる?」
「……説明が前後してしまいましたが、あの本―――【アル・アジフ】には、強い【能力】が込められています。この辺りは改めて説明するまでもないでしょう。」
覚えている。確か、筆者の想いが強ければ、例え本という媒介であっても、【能力】を持ち得るとか、そんなような話だ。多分。
話の腰を折るつもりは無かったので、そんな曖昧な認識ではあったが、頷いて先を促がした。
「……それでだいたい会ってます。そしてあの本は、込められた想い―――【能力】―――が強過ぎた。僕の予想の遥か上でした。」
頴娃君の【能力】、会話する時にはなかなか便利だな。
…………いや、不謹慎だな、こんな事を考えるのは。
「それは貴方が、今この【能力】のいい面しか見ていないから、そう思うんです。」
少し自嘲的な口調で、頴娃君が僕の思った事に答える。
ん?別に今目線を合わせてない筈だけど。
「………それは。………いえ、それは後にしましょう。とにかく僕は、しだいに【アル・アジフ】の巨大過ぎる力を、制御しきれなくなりました。」
「でも、確かアレは偽者の本とか言ってなかった?」
「いえ、そうですが。それはやはり違います。あの本はもはや、本物よりも【能力】が強いかもしれません。」
「本物よりも?」
そんな事があるんだろうか。
「ええ、そこがやっかいな所なんですが、人の想いというのは、計り知れませんから。【ネクロノミコン】を信仰し過ぎた余り、本物より強い魔道書となったんです。」
頴娃君は、本を持っていた方の指先を見つめながら続ける。
「つまり、本物はこうである筈だ、という想いです。本物の【能力】はこんなものではない。本物の【能力】に少しでも近づくために、もっともっと【能力〈ちから〉】を、という妄信です。」
妄信、か。
「そして、最初の話に戻る訳ですが、僕は―――僕も―――その思いに取りつかれました。もっともっと強い【能力】を、もっともっと強大な力を、という風に。」
そう喋る頴娃君の声は、少し震えていた。
その震えは、恐怖から来るものか、興奮から来るものか。
でも僕は、独白を止めようとは思わなかった。