21話 偽物、本物−03
「………何ですか?」
興を削がれて、幾分不機嫌になりながらも、律儀に訪ね返す頴娃君。
「……俺の記憶が確かなら、読めない筈だぞ、その本は。」
「………」
無言で先を促がす頴娃君。興味を持ったらしく、目に真剣味が増す。
「確かソレは―――仮にその本が本物だったとしても―――全ページが無意味な文字で埋め尽くされていた筈、だ。読める訳がない。」
いやいやいや、ちょっと待ってくれ、頴娃君だけならまだしも、何で英知までそんな事知ってるんだ?
え?もしかして常識なのか?
知らない僕がおかしいのか?
困惑する僕を気遣うように、英知は言葉を継ぎ足した。
「あー、そんな顔するな、茉莉。こんな事は知らなくて当然だ。ただ単に俺が、【ネクロノミコン】に関する推理小説を、昔読んだ事があったんだ。それで―――」
どんな推理小説なのか、全く見当もつかないが、そういう事なら、一応、理解した。
でもその話がもし本当なのだとしたら、あの骨を動かしている、強力な力は、どういう事なんだろう。
「それで、どうなんだ、頴娃?」
「答える必要は無い、と言ってしまってもいいんですが、それだと面白くありませんからね。答えましょう。それは確かにその通りです。アラビア風の文字で書かれています。さらに、作者はこの作品を書くに当たって、はっきりと【贋作】だと名言しています。」
「だったら――」
「だとしても!!」
反論しようとした英知を押さえ込む用に、言葉を続ける頴娃君。
「だとしても、そんな事は関係ないんですよ。【偽物】だとか、【本物】だとかいう事はね。」
「……………」
「大切なのは、それを作った人の感情の強さです。強い感情は【能力〈ちから〉】になる。例えそれが負の感情であろうとも。……貴方たちだって、思い当たる所はあるでしょう?でないと、【此処】にいる訳が無いですしね。」
確かにそうだ。
僕が【能力】を持つきっかけになったのは―――
………っ、………っ、………っ。
駄目だ。思い出せない。どうして?鎖は解けた筈なのに。
だけど、なんとなく、思い出したくないとも思う。
「さぁ、英知さんから大体の情報も得られましたし、もう貴方たちは用済みです。」
少年の背後で、巨大な骨が震える。
関係ない話をしながら、ちゃっかり【能力】は使っていたらしい。
「死んで下さい、とはさすがに言いませんが、しばらくおとなしくしていてもらいますよ。」
と頴娃君が言うのを受けて英知が、
「今の生活、結構気に入ってたから、これだけは使いたく無かったんだけどなー」
と呟いた。
そして、
頴娃君が本を振り下ろすのと、
「とりあえず逃げろ、茉莉」と言いながら、英知が服の中―――ちょうど穴が開いていた辺りか―――に右手を突っ込んだのと、
図書館のドアが再度勢いよく開いたのは、
ほぼ同時だった。
「やれやれ、やっと来たか」と、誰かが呟いたのが聞こえた気がした。