17話 駆け引きー05
英知の能力を考えるに当たって、まず先程のドアの開閉は外せないだろう。頴娃君の反応からして、あの事象に英知が関係している可能性はかなり高い。そしてもう一つ忘れてはならないのは体に開いた穴。英知の【代償】。そんなに詳しく見ていないので、確実な事は言えないが、何かの模様のように見える黒色の穴。あとは―――それだけか。やれやれ、前途多難だな。
【代償】。【代償】は、【能力】と少なからず関係がある。という事を栞から聞いた。自分で文献を調べたわけではないが、この発言を疑う必要は無いだろう。
亜空の【能力】は、【空間を創る】事で、そして【代償】が【把握できない空間がある】事。
鞘香さんは、【能力】は……【何かを作る】事かな?正確にはちょっと分からないけど。そして【代償】が【存在感が薄くなる】事。これは多分、自分の存在を使って何かを作っているんだろう。
後の人は、どちらか片方しか分かってない人―――千鶴子さんの【人に少しの間乗りうつる能力】?、千寿さんの【雨を降らせる能力】?、木霊さんの【言葉が伝えられなくなる代償】、そして頴娃君の【人の心を見る能力】―――と、両方とも分からない人―――栞、フォリス、それから僕―――に分かれるが、この法則には従っている筈だ。
そして英知の腹に開いた【穴という代償】。これらの事から考えると、英知の【能力】も【代償】と関係している筈だ。筈なんだけど。
…………………穴?体に?どういう事だろう。それとドアが勝手に開いた事の間にある関係?
…さっきは、【見えない手を動かす能力】とか考えたりもしたが、それは頴娃君の【能力】の、視線の秘密に気付いてなかったからだ。今となっては、それは考え難いかもしれない。穴と、見えない手では、関係が無さ過ぎる。
そもそも、ドアを開けたのは本当に英知か?他の誰かが開けたんじゃないのか?
例えば、外でドアを押して直ぐに隠れ、見えないくらい細い紐で、思い切り引けば、あの状況は再現できる。
いや、それはないだろう。再現できたとしても、理由が希薄すぎるな。あまりにも。
とすればやはり英知が?
いや、でも………分からない。
逆に。そう、逆に頴娃君の【代償】を考えてみようか。分からない事をいつまでも考えていても仕方ない。
思考を止めてはいけない。考え続ける事が大事なのだから、今は―――
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「違います。」
否定した。あっさりと。これ以上ないくらいに。
あれだけ自信満々に言っておいて、これは相当恥ずかしいのではないかと、そぉっと英知の顔を伺い見る。
が、まったく何ともないようだ。少なくとも外見上は。顔も赤くなってないし。
それどころか、その顔には、薄く笑みを浮かべてさえいる。
「そうか。違うのか。安心したよ。」
「負け惜しみにしか聞こえませんね。もっとも、本の題名が分かった所で、何も変わらないと思いますが。」
「何かは変わると思うぜ?」
「そうですね。何かは変わるのかもしれません。くだらない何かが。」
「【アル・アジフ】。」
ぽつり、と英知はつぶやく様に言った。
悠然としていた頴娃君が、少し驚いたような表情をしていた。
英知はそんな頴娃君には構わず、よく分からない言葉を繰り返す。
「【アル・アジフ】だろ、それ。【ネクロノミコン】じゃ無いのなら。」
「………違います。」
紡ぐ言葉は先程と変わらないが、
僕が見て明らかな程に、頴娃君は動揺していた。
アル……なんだ?
英知は今なんて言った?
それに、頴娃君は、何であんなに動揺しているんだろう。