15話 駆け引きー03
僕は、【此処】に来てから少し受動的になり過ぎていたかもしれない。
与えられる情報に満足して、それを疑ってみる事を、半ば放棄していた。
英知が教えてくれる情報も、栞が与えてくれる情報も。
一度与えられれば、それは全て正しいものとして、認識して来たような気がする。
それは誰かに操られていたとかではなく。
きっと僕の弱さだ。与えられる事に慣れてしまった、僕の弱さだ。
【此処】に来るまでは、そんな事は無かった筈だ。いや、まだ思い出せないんだけども。
だとしても、今ここで、自分で考えるということを思い出すべきだ。
情報というものは、自分で取捨選択してこそ価値を持つものなのだから。
っと、違う。駄目だ。いや、違わないんだけど。
また思考が脇道に逸れてしまっている。今考えるべき事から微妙に。
とりあえず、大量の水は、千寿さんから得られると仮定して考えを進めよう。
英知のその発言から疑い始めてしまったら、本当にキリが無くなるし、今ここに至って、英知を疑う事に何のメリットもない。
とにかく、千寿さんの【能力】は、【雨を降らせる】という事にしておこう。
詳しい事は、必要が出て来た時に詰めていけばいい。
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頴娃君は、少しの間何の反応も示さなかった。
というよりは、どう反応していいのか分からないようだった。
「…………それが本当に、【此処】の事と何か関係があるのですか?」
「あるから聞いてるんだろう?それにそんなに心配なら、俺の心を【見】ればいいじゃないか。」
「いえ、分かりました。答えましょう。」
「ふぅん。ずいぶん物分りがいいんだな。もっと疑って掛かると思ったんだが。」
「疑ってばかりでは何も始まりませんからね。」
「は。よく言うぜ。」
その言葉の終わりに英知は、僕にだけ聞こえるように、ポツリと言い足した。
「回数制限があるのかもしれない。」
もしそうならば、現状がかなり楽になる事は間違いない。
だがそれはまだ、あくまで英知の憶測の域を出ない。
今の一瞬のうちに、すでに【見】ていたという可能性も否定できない。
頴娃君は、やはりどこか冷めたような声で言う。
「千鶴子さんですか、…………………昨日、ですね。」
「昨日の何時ごろだ?」
「だいたい6時くらいです。」
「それは夕方のか?」
「そうです。聞かなくてもそのぐらい分かりそうなものですが。」
「念の為だよ。何時に別れた?」
「7時……19時です。」
「何の為に会ったんだ?」
「…………………そんなプライベートな事が、本当に【此処】の事と関係があるんですか?」
「あるから、聞いている。何度も言うが、どうしても気になるなら【見】るといい。」
「…どうでしょうかね。」
頴娃君は、そこで少し逡巡した。ように見えた。
【能力】を使ったかどうかは分からない。
が、回数制限とまではいかないまでも、【代償】の関係だろうか、積極的には【能力】を使いたくないような印象を受ける。
やがて少年は、小さく溜め息をついて言った。
「…………以前から探している本がありましてね。それを探すのを手伝って頂いてました。」
そういえば、一ヶ月程前にこの部屋を訪れた時も、同じような事が有った。………と、思う。
という事は、一ヶ月間も探してるのか?いや、もっと前からかもしれない。
僕は、この果ての見えない図書館から、一冊の本を探している自分を想像して、少しげんなりした。
駄目だ。僕にはとてもじゃないが出来そうにない。
「それはその本か?」
言いながら、英知は頴娃君の手に納まる本を指差した。
「そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。」
「つまり答えたくない、と?」
「………………」
その質問に対して頴娃君は何も答えず、その結果、暫しの間沈黙が場を支配した。