6話 鍵
「やれやれ、こんな所で逢引かい?」
栞の呆れた様な声で、僕は我に返った。
え?
栞?
「え?は?え?栞?何で?」
思わず狼狽してしまう僕。何か【此処】に来てからこんなのばっかりだなぁ。
「おいおい、何を動揺してるんだ茉莉。そんなんだから変な誤解を招くんだよ、お前は。………あのな、栞、俺がちょっと怪我をしちまって、それを茉莉が診てくれてたんだよ。」
と言いつつ、さりげない動作で服を戻す英知。
なるほど、栞には知られたくないらしい。
それだけ僕を信用してくれたという事だろうか。
僕も英知に話を合わせる。
「そ、そうなんだよ。」
すると栞は、目を細めて僕らを見ながら問い返す。
「ふぅん。怪我。こんな所で、ねぇ。それも茉莉君が診てた、と。」
まずい、明らかに疑っている。
まぁ当然だろう。僕が栞の立場だったとしても、そんな話信じ難い。
「………それより、君こそなんでこんな所にいるのさ。」
誤魔化しきれるとはとうてい思わないが、とりあえず話をそらしてみる。
「ふん、私は散歩だよ。」
「散歩?こんな所を?」
「悪いかい?」
悪くはないんだけど。
何だか適当に返事されたみたいで、いまいち納得がいかない。
栞が視線を英知に移して聞いた。
「その怪我とやら、酷いようなら私が診てあげてもいいが。」
わき腹を庇う様に押さえながら、栞を見据える英知。どうやら、穴を見られたかどうか探っているようだ。
もっとも、栞の表情はいつもと変わらないので、そこからそれを推し量る事は、とうてい無理だと思った。
「いや、もう大丈夫だ。」
「それならいいが。それにしても、人に診て貰う様な怪我なのに、もう平気なのかい?」
いいと言っておきながら、重ねて聞く栞。
英知の事を心配しているというよりも、英知のその反応に、疑問を持ったようだった。
「ああ、大丈夫だ。心配してくれて有難う。ところで栞―――」
それ以上聞かれる事は不味いと判断したらしい英知は、重ねて質問した。
「君ならもしかして、この部屋の鍵が何処にあるか知ってるんじゃないか?」
チャリ、と一本の鍵を取り出す栞。
「ん?コレだが?」
「え?何で栞が持ってるんだ?」
と聞くと、やはり表情を変えずに答える。
「落ちていた。」
落ちていた?なんでまた。
「ど――」
「貸してくれ!!」
何処に落ちていたのかと聞こうとした僕の声を掻き消すように、少し興奮した英知の声がかぶさる。
「ああ、構わないが、その代わ―――」
「有難う!!」
おそらくその後に何らかの条件を付けようとしていたのだろう栞から、半ば引っ手繰る様にして鍵を受け取ると、英知は早速ドアを開け始めた。よっぽど鞘香の事が心配なのだろう。
気分を害した様子もなく、栞は英知を見ていた。
「ところで栞、その鍵をどこで見つけたんだい?」
「ん、ほら茉莉君。開いたみたいだよ。」
僕の質問には答えず、栞は開け放たれたドアを指差す。
無視されたというよりは、答えたく無いようだった。