2話 【代償】というもの
「俺が主に心配しているのは、鞘香の見つからない理由が、【代償】の方に有った場合なんだ。ただ見つからないだけだったら、俺の行為は少々大げさ過ぎるのかもしれないが。その場合でも、やはり心配だ。今まで鞘香は必ず、夜、自分の部屋に帰る前に一度、【研究所兼探偵事務所兼占い所】に顔を出していたから。」
やはりいつもより余裕がないように見える英知。考えを纏めさせるためにも、合いの手を挟む。
「という事は、昨日は部屋に一度も来なかったのかい?」
「いや、朝に一度顔を出したんだが、昼食を取りに行くと言って出て行ってから、部屋に帰ってきていないんだ。」
「でも、君もさっき言ってたように、それはさすがに心配しすぎなんじゃないか?たまにはそういう日だってあるさ。一人になりたいような。」
「あぁまあ、普通だったらそうなんだけどな。鞘香だから問題なんだ。………つまり、彼女の【代償】が、【存在感が薄くなる】事だから。」
「………だから?何だか、よく分からないんだけど。」
「まぁな、お前が分からないのもよく分かる。…………そうだな。なぁ茉莉、【存在感が薄くなる】っていうのはどういう事だと思う?」
「………それは、言葉のまま、【そこに居る】という事に気付きにくいんじゃないのか?」
「そうだ。じゃ、その【代償】が進行していくとどうなると思う?」
「ますます……………気付きにくくなる?」
「そう、だから、その内誰からも無視されるようになるかもしれない。いや、無視しているんじゃなくて本当に気付いてないから余計にタチが悪いんだが。」
「そうか。………という事はつまり、彼女が毎日寝る前に、必ず部屋に行っていたのは。」
「そうだよ茉莉。彼女は毎日眠る前に確認をしておきたかったんだ。【自分がまだ確かに、存在を認めて貰えている事】を。」
「なるほどね。僕はまだ、【代償】の事を甘く考えてたみたいだよ。」
「理解が速くて助かる。」
「だから夜は、八時になると必ず部屋に帰ってたんだね。」
「そうだ。刷り込み………とはちょっと違うけど、毎日会う事で、少なくとも俺だけでも、アイツの事を忘れないでおこうと思ってさ。…………ちょっと臭かったかな。」
少し照れながら言う英知。やはりコイツは滅茶苦茶いい奴だ。
「そんな事無いさ。逆にちょっと尊敬したよ、お前のこと。」
茶化すように言う。張り詰め過ぎて気まずくなってしまった場の空気を、和ませる意味ももちろんあったが、半分は本気の発言だった。
「そっ、尊敬とか止してくれよ!!恥ずいだろ!!」
少しの間、和んだ空気を楽しむ。
「それで―――」
そこで一旦言葉を止め、真面目な口調で聞く。
「―――それで、心当たりの場所はもう回ったんだろ?」
英知もその空気を一瞬で感じ取り、真面目モードに移行する。
「ああ、鞘香は……というか【此処】に居る奴はほとんどそうなんだが、行動範囲が狭いからな。思いつく限りの場所は全部回った。それで、もしかしてと思ってお前の部屋に来たんだが…」
「そうだ!それを聞きたかったんだ。なんで僕の部屋が、もしかして、なんだ?僕はそんなに、鞘香と仲良くないと思うんだけど。」
「お前がどう思ってるのか知らないが、それは違うよ。お前はアイツのお気に入りだ。【作品】に掛かってくれる訳だしな。」
苦笑しつつ言う
「貴重な実験台ってワケ?」
「あ?お前………そうか、知らないのか。」
「え?何が?」
「どういう訳か、お前は最初から掛かりまくってたみたいだが、鞘香のトラップは、―――もちろん【作品】はトラップだけじゃないけど――――普通は掛からないんだ。」
「普通は?」
「つまり、アイツを認識してから、始めてトラップにも掛かる………というか、普通は鞘香に会うまでは、掛かる掛からない以前に、そこにそれがある事に気付けないんだ。お前は、まぁ………うーん、鞘香と波長でも合ってたんじゃね?」
そうなのか。何で僕は最初から掛かったんだろう。波長……合ってるかなぁ?
彼女が、僕が何度もトラップに掛かった事を聞いて、やけに喜んだのはそのせいか?
「じゃ、俺そろそろ行くよ。もう一度探し直してみる。お前と話せてよかったよ。何だか落ち着けたから。鞘香を見かけたら知らせてくれ、じゃ。」
手を上げて挨拶をしながら、部屋を出て行こうとする英知を、僕は再度呼び止めた。
「待ってくれ、僕も一緒に探すよ。」