5章 崩壊の前触れ 1話 英知と茉莉ー01
「茉莉!!いるか!?」
ガチャっと乱暴にドアを開きながら、英知が部屋に入って来た。声が狼狽し、幾分、焦っている様に見える。
「どうしたんだ?そんなに慌てて。」
「今日何処かで、鞘香を見なかったか?」
鞘香には…………今日はまだ会ってないな。というよりも、
「いや、悪いけど見てないよ。今日はまだ一歩も外に出てないんだ。朝起きてからこっち、ずっと君に借りた本を読んでた。」
9時に起きたから、都合3時間も読んでた事になるのか。
「そうか。お前ならもしかして、と思ったんだが。……………分かった、ありがとう茉莉。もしも鞘香を見つけたら知らせてくれ!!」
言って、慌しく部屋を出て行こうとする英知。只事ではなさそうなその様子を見て、つい僕は彼を呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待てよ英知!お前らしくも無い。そんなに慌てて、いったい何があったんだよ?」
僕の声によって、ドアの前で一時静止した英知は、やがてぎこちなく振り返り、幾度か深く呼吸を繰り返してから答えた。
「ああ、そうだな。お前の言う通りだ。確かに俺らしくなかったよ。」
表情が、いつもに比べるとまだぎこちないが、それでも大分落ち着いたようだ。
「………ふぅ。よし、じゃ、もう一度聞くぞ、茉莉。鞘香を最後に見たのはいつだ?」
最後に見たのは、えーと、確か、
「昨日の昼過ぎに、食堂で見たよ。」
「昨日の昼、か。その時、何か変わった様子は無かったか?」
少し考えて答える。
「いや、特には思いつかない。」
「そうか。………ところで、その時鞘香は【熊の着ぐるみ】を着てたか?」
「着てなかった。」
「ふむ。ならそれは確実に鞘香だな。もし着ていたのなら―――そんな事をする理由が分からないが―――誰かの変装という線もあったんだが。……となると、昨日までは普通……いやむしろ落ち着いた状態だった訳か。」
うーん、と考え込む英知。
「あ、いや、会ったっていっても、ちょっとだけなんだ。ちょうど入れ違いになったみたいで、挨拶程度でその時は分かれたから。だから、その、変な所が有ったかどうか、確実な事は言えない。」
「いやそれはいいんだ。この場合、鞘香を【見た】という事実が大事なのであって。」
話し始めた時から薄々は感じていたが、悪い予感が拭えない。
「もしかして、鞘香が」
「そうだ。鞘香がいなくなった。単純に見つからないだけなのか、【代償】のせいで存在が薄くなってしまっているのかは分からないが。」