序ー終
とりあえず落ち着こう。
まだ大丈夫だ。
今ならまだ、彼女を拾いあげられる筈。
「………………いや、あのね、【一度】死んでみるっていうのは何?」
すると彼女はキョトンとした後、にんまりとして僕に言った。
「何を言ってるのさ。そのままだよ。言葉どうり。」
「それだと余計に困るんだよ。」
「何がさ。君は言葉も理解できなくなってしまったのかい?」
「一回死んだら生き返れないだろ?」
何故僕はこんな話をしているのだろう。
「そんな事はやってみなければ分からないじゃないか。」
ケロリとした顔で彼女は言う。
「やってみなくても分かるよ。人は、一度死んだら生き返らない。」
「そうかな?」
「そうだよ。君も何度も見ただろう。ゆるやかに狂って、消えていく人たちを!!」
「…………………その件なんだがね、茉莉君。」
思い出したくも無い場面を、いやがおうにも思い出し、
それをまた記憶の底に封印して、
それでも感情の奔流を抑えきれずに、
少し激昂してしまった僕に対し、彼女はいたって冷静に言葉を続ける。
「彼らは、本当に死んでしまったのかな?」
それが当然の事だと。
それが当たり前の疑問だと。
僕を誘導するように、
妖艶なその口唇で、
彼女は言葉を紡いでいく。
「【此処】から出て、【元の世界】に戻ったんじゃないかな?それだけの事なのさ、きっと。だから―――――」
もうこの世界で存在を保てているのは、僕たち二人だけだ。
他の人々は、狂いながら、悶えながら、死んでしまった。
否、彼女の言うように、それを正確に確認した訳ではないのだ。
ある日目が覚めると、当然のように彼、或いは彼女たちは、いなくなってしまうのである。
だから僕は、本当は、彼女の言わんとする事が分かっている。分かっているのだが、その決断は、取り返しのつかない結末を迎えそうで。
だから僕は、変わらないこの毎日を感受したくて。
彼女を引きとめようとしている。
でも彼女は、そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、笑いながらこう言うのだ。
「私、一回死んでみようと思うんだけど。」
と。
口には出さないが、彼女の言葉の裏に隠された思いを、僕は痛いほどに理解してしまっている。
そう、彼女は誘っているのだ。
(ねえ、だから一緒に行こうよ)
と。