10話 茉莉と栞ー03
「む。そろそろお腹が空いたな。よし、次は食堂に行くとしようか。茉莉君。」
僕としても特に異論はないので、素直に頷く。
コツコツと、廊下に二人分の足音が響く。
建物の広さからは考えられない程に閑散とした独特な雰囲気にも、だんだん慣れてきた。
ここでの食事は、どういうシステムになっているのかは分からないが、注文した料理が、しばらく待つと、完成した状態で自動で出てくる。
誰かの【能力】を使用しているのか、機械に作らせているのか、詳細は分からない。
そしてそれが関係しているのかどうなのか、【食堂】だけやけに離れた場所にある。
コツコツ
この建物は、全体的に白を基調としている。
その白は、どこか病院の壁を想起させて、僕の精神をザワザワさせる。
今日は様々な人にあったせいで、僕の精神は、少し不安定になってしまっているようだ。
コツコツ
速く終わって欲しい。
この単調な景色の繰り返し。
あの嫌な薬の香りを、いやがおうにも思い出してしまう。
コツコツ
食堂が無駄に遠いと、いつも思う。
そう、無駄に遠い。
無駄に。無駄な…………………無駄な。
無駄な。僕は。無駄な。
コツ、カッツゥン
栞が豪快にこけた。おいおい、何もない廊下でこけるなよ。
…………………有り難かった。
危うく。また。僕は。
顔をしとどに打ったらしい栞は、額を抑えながら立ち上がり、微妙に恥ずかしそうな顔をして言った。
「む、茉莉君。今のは今すぐ記憶から抹消してくれたまえ。」
顔は恥ずかしそうだが、声は落ち着き払っている。
もしかして、僕の様子を見て、わざとこけたのだろうか。
いや、それはさすがに考えすぎだろう。僕を正気に戻すだけなら、こける必要は全くない。
…………………のか?さっきの僕は、正常に声が聞こえていたか?
彼女が今こけたのは、天然なのか、恣意的なのか。
どちらでもいい。
そんなのはどちらでもいい。
僕は今、彼女に感謝している。
僕は、栞に笑いかけ、今の事を記憶から抹消する事を誓った。