9話 束の間のコーヒーブレイク
左手で慎重に扉を開く。
「あっはっは。何びくびくしてんだよ、茉莉?ああそうか、お前これにかかったんだっけ?だけどそんなにびくびくする程には、痛くなかっただろ?」
「いや、びくびくとか言わないでくれよ。それも全く無いとは言わないけど、単純に開けにくいんだよ、このドア。左手だとさ。」
いいながら、左側にノブの有る、手前に開く造りのドアを開く。右手には缶を3つ抱えていたので尚更開けにくかった。
「やれやれ、やっと来たか、茉莉君。缶コーヒーにしたんだってね。ほら、それでも構わないから、迅速に配ってくれたまえ。」
辛辣な口調で言い放つ栞。ねぎらいの言葉の一つも無い。頴娃君の時の事を、まだ引きずっているのかもしれない。
「や!何だか久しぶりって感じだな、栞!!そして相変わらず口が悪いなぁ、お前。」
「おお、英知君か。久しぶりと感じるのは、きっと君たち三人が引き篭もっているせいだろう。」
「ひでぇな。まぁ確かに、前から読みたかった長編推理小説が偶然にも手に入ったから、それを読む為に3日間、食事や排泄の時以外、ずっと本を読んでいたからな。その罵倒も甘んじて受けるさ。いやでもアレめちゃめちゃ面白かったんだって。なんたって――――」
「そうか、そんなに面白かったのなら、また今度貸してくれたまえ。だから、不要なネタバレは御免こうむるよ。」
「―――――犯人の妹の親友があそこでああくるとは、と、そうか。それはいい。是非実際に読んでみてくれ。」
また自分の世界に入りそうになった英知を、無理矢理止めた栞は、ほら今のうちに速く配れと言いたげに、視線を流した。
僕は頷くと、近くの椅子に座っていた千寿に缶コーヒーを差し出した。
「む、ごくろう。…………………おっと、違いましたわ。どうもありがとう、ミスター茉莉。」
千寿は、どこか高貴な所の産まれなのかもしれない。
続いて、少し奥の椅子に座る鞘香に手渡す。やはりまだ熊のきぐるみを着ていた。
「をを、ありがとう。私の分も忘れずに買ってくれたんだね。」
彼女の能力を勝手に聞いてしまった僕としては、なかなかに重い言葉だった。駄目だ駄目だ。動揺しては。
英知が栞にすでに缶を渡していたので、自動的に、最後の缶は自分で飲む事にした。
缶コーヒーを飲み、一息ついた所で、栞が言った。
「うむ。期せずして自己紹介が済んだようだな。ではそろそろおいとまして次に行こうか。茉莉君。」
僕たちは、別れの挨拶を交わして、部屋を後にした。