終
「ここまでくれば大丈夫だろう」
僕たちが【此処】と呼んでいた場所から、ゆうに3キロは離れた位置まで来ると、やっと足を止めて栞が言った。
栞と英知は比較的涼しげな顔をしているが、僕と頴娃君、それにフォリスは肩で息をしていた。
僕はあらためて【此処】を見上げる。空中に浮くその建物は、ここからでもよく見えた。
「あれも、栞が浮かしてるのか?」
巨大な建物を指差して、信じられない思いを込めて僕は聞いた。
「私の【能力】は、溜めておけるんだ」
「ほー、そういう【能力】は始めて聞いたな、それにしてもあんなもんを浮かしちまうなんてお前の【能力】も大概だな」
「……【能力】の強さは、失ったものの大きさに、基本的には比例するらしいですからね。栞さんの【能力】がそれほど強いという事は……」
英知の関心するような声に、頴娃君が続いた。言ってて気まずくなったのか、その言葉は尻すぼみになったが。
「……そうだよ。私の【代償】は、【親しい人間の良心】だ」
「だった、じゃなくてか?」
英知がそう聞いた。
「そうだ。それは現在進行形の【代償】だ。………だから、私と親しくなるのは止めた方がいい。そんな心配もないか」
「断る。俺はあんな風にはならねぇよ」
「……というか、茉莉さんの近くに居れば大丈夫な気もしますけどね」
頴娃君が、僕を見ながら言う。
「そうだよ栞。君の【代償】は僕が必ず消してあげるよ」
「で?これからどうするんだ?何も案がないのなら、俺は他のみんなを探しに行こうと思うんだが」
「具体的な案もないのにですか?どこにいるか分かってないんでしょう?」
「そうだけど!!」
「すぐに殺されたりはしないと思いますよ。強力な【能力】を持つ人は、研究材料として、利用価値があるみたいですから、ね」
「でも安全とも限らないだろ!!………お前はどうなんだフォリス?いつまで黙ってるつもりだよ」
「……………私は。私は、今はあの人から離れたい。怖いから。信用できないから。……………今はまだ」
やっと喋ったと思ったら、フォリスから怖い人間だから離れたいと言われた。かなりショックだが、仕方ないかもしれない。剥き出しの殺気を向けてしまったのだから。
「茉莉さんは、あなたが今思ってるような人じゃないですよ」
「分かってるわ。だけど今はどうしても怖いの」
「おいおい茉莉。嫌われたもんだな、お前。何やったんだよ」
「それは……」
言いよどむと、頴娃君が助け舟を出してくれた。
「まあまあ。それよりも、二手に分かれるのは僕も賛成です。全員固まっていても、捕まえてくれと言っているようなものですからね」
「それはいいけどよ、連絡は取れるようにしておきたい所だな」
「……そういう事なら、コレを渡しておこう」
栞が、英知に何かを渡した。
「お?これ携帯じゃん?何でこんなの持ってるんだ?」
「………お守り、みたいなものだ」
「大事なものなのか?それじゃ受け取れねーよ」
「いや、いい。友達にはなれないが、君たちには感謝している。受け取ってくれ。次にあった時に返してもらえればいい」
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英知たちと別れて暫らく経つと、栞が聞いてきた。
「ねぇ茉莉君。一つ君に相談があるのだが」
そのいつもと変わらない問いかけには、きっと何か意味があるのだろう。
【此処】から出ても何も変わらないと言いたいのか。
自分がもう完全に立ち直った事を暗に伝えたいのか。
正確な所は分からなかったけれど、僕もいつものように返した。
「うん。何かな?」
「これから、どうしようか?」
「栞はどうしたい?」
「君が決めてくれ、茉莉君」
「そうだなあ。とりあえず一休みしたいかな」
「ふふ。それは私の質問の意図とはかなりずれてるよ。でもまあ、私も賛成かな。何だかとても疲れたんだよ、茉莉君」
「僕もだよ」
「関係ない事を一つ聞くけれど、私の喋り方、おかしくないかな?」
「…………おかしいの基準にもよると思うけど、何もおかしくないよ」
「女らしくないとは、思わないかい?」
「今更だね。君がそういう喋り方をする事は、僕の中ではもう当たり前になってるよ。それに、どんな喋り方でも、栞は栞だよ」
「……………一応聞いておくが、そのセリフは素で言ってるのか?」
「何が?」
「何でもないよ」
急に黙ってしまった栞と共に、何も無い道を歩いていく。
ここは何処なのだろう。そもそも日本なのだろうか?
どこか休める所に着くまで、どのくらいの時間が掛かるか分からないのに、このまま栞が喋ってくれなかったら困るなあ。と僕は思った。
最後まで読んで下さって本当にありがとうございます。
実の所、最初はこんなに長くなる予定では無かったのですが、気付けばなんと全200話にもなってしまいました。
冒頭に、物語の核心部分を持ってきたのは、京極夏彦さんの【女郎蜘蛛の理】を意識したのですが、全然上手くいきませんでした。難しいです。力不足です。
この終わり方なら予想はつくかと思いますが、続編を書きたいなと思っています。主人公はもちろん茉莉と栞です。次回はあとほんの少しだけ明るい雰囲気になると思います。それにあたり、現時点での各人の【能力】と【代償】、【現時点の状況】を纏めたいと思います。
・茉莉
能力ー他人の能力を強化する事ができる。アル・アジフに触った事で強化され、能力を弱める事も出来るようになった。
代償ー自分の意思に関わらず、能力者を引き寄せる。トラブルメーカー体質。
脱出後栞と行動を共にしている。
・栞
能力ー物を浮かせる?能力の蓄積が可能。詳細不明。
代償ー親しい人の良心。家族ではなく親しい人。
脱出後茉莉と行動を共にしている。
・英知
能力ー他人を支配する?発動には様々な条件がある。詳細不明。
代償ー体に穴?詳細不明。
鞘香達を探すために手がかりを探している。
・フォリス(ふぉりす)
能力ードアを作る?詳細不明。
代償ー現時点では不明。
とりあえず英知と頴娃と行動を共にしている。
・亜空
能力ー空間を広げる事ができる。
代償ー把握出来ない空間がある。
不明。
・鞘香
能力ー物を作る。詳細不明。
代償ー作る度に見合った存在感を失う。
不明。
・千鶴子
能力ー他人を操る。詳細不明。
代償ー現時点では不明
不明
・千寿
能力ー未来を選ぶ事ができる。アル・アジフに触れた事で強化され、かなり先の未来まで選ぶ事ができるようになった。
代償ー現時点では不明
・頴娃
能力ー他人の心を視る事ができる。アル・アジフに触れた事で強化され、人の気配を探れるまでになった。
代償ー同上。
英知、フォリスと行動を共にしている。
木霊?(こだま?)
能力ー他人の記憶をいじる事ができる。詳細不明。
代償ー現時点では不明。
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私は物語独特の理不尽さが、嫌いで、好きです。
タイミングを計っていたかのような都合のいい登場。
意味もなく自分の力を話す敵役。
完全無欠のハッピーエンド。
などです。嫌いだけど、好きなので、おかしくないように見えるように、都合よく登場させましたし、おかしくないように見えるように自分の能力を話させました。
おかしくないように見えていればいいのですが。
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完全なる悪を登場させたいです。ほとんどの物語において、悪役にも仕方のない事情というものがあります。今回でいう栞の父親みたいな、です。そんなのではない、悪たる悪を書いてみたいです。
ちなみにそういう見方でいくと、栞の父親は最初に出てくる悪の四天王みたいな感じです。最初に主人公にやられていろいろあって一番強くなって、主人公にやたらとライバル意識を燃やしたあげく、結局最後に主人公を「お前を俺以外が倒すなんて許せねえんだ」とか何とか言いながら助けるみたいな位置です。まあ私の書く物語では助けないと思いますけど。分かりません。
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一言感想をいただけると本当に嬉しいです。一番好きなキャラとか書いてくれるともっと嬉しいです。
長い長い後書きを読んで下さって、改めてありがとうございます。よければこれからも茉莉と栞の物語を読んでやって下さい。