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21話 君を救うと決めたから

「さてと、後は【此処】から脱出するだけだな」

どうやって縛ればより効率的なのかという事を誰も知らなかったので、縄でとにかくぐるぐる巻きにした上で床に寝かされている男を見下ろしながら英知が言った。

「脱出って……具体的な案があるのか、英知?」

「ああ、頴娃とも話してたんだが、俺は食堂が怪しいと睨んでる。いくら何でもありの【能力】とはいえ、何も無い場所から食物を作るのは厳しいだろ。メニューもやたらと充実していたしな。だから俺は、あの場所が外に繋がっているんだと思ってる」

英知のその推測を聞いて、白衣の男が笑いだした。

「ふふふふふふふふ。そこまで分かっているのなら、出て行けばいい。必ず後悔する事になる。【此処】から出た所で、お前たちが【能力者】である限り、平穏な生活など送れないぞ?せいぜい【特殊警察】の存在に怯え続けて生活しろ」

聞き覚えのない言葉が聞こえた。でも僕は、今の二人に割って入れるほどの無神経さはあいにく持ち合わせていなかった。その響きから、【能力者】専用の警察だと推測をつける。自分が捕まった時の事を思い出せないのが歯がゆかった。僕もその【特殊警察】なるものに捕まったのだろうか。

「そんなのやってみなけりゃ分かんねぇだろうが!!口の減らないヤロウだな!!」

「くくく。まあそう邪険にするなよ。優秀な実験体に対するご褒美として、いくつか情報をあげようじゃないか」

「……………あぁ?……………とりあえず言うだけ言ってみろよ」

「……食堂を出て最初のカドは必ず右へ曲がれ。それともう一つ、他の実験体を探しても無駄だ。もう【此処】にはいない。別の施設に移した後だ」

「言いたい事はそれだけか?」

「まぁそうだな。行きたまえ」

「最後の最後まで気に食わない奴だ!!行こうぜ茉莉!!」

「でも栞が……。僕は栞を救うって決めたんだよ」

「救う………なぁ。どうなれば救った事になるんだろうな。まぁお前の好きにしろよ。俺たちは他のみんなが居ないか探してみるよ。こいつの言葉なんて信用ならないからな。食堂で、待ってるよ」

「分かった」

「茉莉。変な考えは起こすなよ」

「……分かってる」

「じゃあ、行こうぜ、頴娃、フォリス」

フォリスは僕を睨むようにして、頴娃君は一つ僕に対して頷くと、それぞれ英知に続いて屋上を出て行った。


僕は、改めて栞の背後に立った。

縛られた男の前に座り込んでいる、栞の背後に。

「……………栞」

「……………」

栞は何も答えない。

「……………行こう、栞」

「……………」

「僕は、君を、救いたいんだ」

「……………」

「さっき英知が言ってたようにどうなれば君を救えるのかは分からないけれど」

「……………」

栞は僕の言葉をちゃんと聞いているのだろうか。それは分からなかったが、僕は言葉を続けた。白衣の男は、興味深そうに僕を眺めている。それこそ実験動物でも見るような目で。でも今はそんなものは気にならなかった。

「君はもう知っているかもしれないけれど、僕の【能力】は、【他人の能力を強化する】事なんだ」

「……………」

「今日まで気付かなかったんだけど、それは【弱める】事も出来るらしい」

「……………」

「だから。これはまだ可能性の話だけど。【代償】を弱める事も可能なんじゃないかと思うんだよ」

「……………」

「僕と一緒に行こう、栞。今はまだ無理だけれど。いつかその男―――君の、お父さん――が失った【良心】を取り戻すことも出来るかもしれない」

「……………」

「だから。お願いだから栞。僕と一緒に【此処】から出よう」


「…………………………」

「…………………………」

言いたい事は全て言った。それでも栞は長いこと沈黙を保っていた。

「……………少しだけ、待ってくれる?」

やがて栞はそう言った。

「うん」

僕は短くそう答えた。いつまででも待つつもりだった。


「………私は、行くよ。……………お父さん」

栞のその言葉に、それでも男は特別な感情を抱かない目のまま言った。

「好きにするといい」

取りようによっては、言葉少なに送り出す親の言葉のように聞こえない事もないが、男の表情には慈愛の欠片も無かった。心の底からどうでもいいというような表情だった。本当にこの男には、【良心】が無いのだろうと、この時僕は始めて確信した。

「……………うん。好きにする。……………それじゃ」


栞とともに屋上を出ようとしたとき、何を思ったか白衣の男が、聞こえるか聞こえないかくらいの声で、

「左だ。食堂を出た後すぐのカドは左へ曲がれ」

と言った。さっきと逆の方向だった。それは奴に残った最後の親心なのだろうか?分からなかったが、栞が立ち止まらなかったので、僕たちはその場を後にした。




食堂に着いて、英知と簡単に情報を交換する。やはり他のみんなは居なかったらしい。あの男の言葉も、全てが嘘ではなかったらしい。僕たちはよっぽど注意して観察しないと気付かないような場所に隠された扉を開け、先へ進んだ。

直ぐに問題のT字路にたどり着く。

「どっちだと思うよ?」

と英知。

「正直分かりません。どちらも罠っぽく思えます。茉莉さんはどう思いますか?」

とこれは頴娃君。

「僕は、右だと思う」

と答えた。

「そうか?あいつがそんなタマかよ。俺は左だと思うぜ?」


「どちらも罠……だよ。……………フォリス……君、この壁を【開けて】くれない、か?」

栞がどこか喋りにくそうに言った。

「……………」

無言のまま、フォリスが壁に手をかざすと、壁が開いた。どういう原理か分からなかったが、それが彼女の【能力】なのだろう。


「ここから飛び降りる」

そう言って栞が指差した先には、しかし何もない空間が広がっていた。


「馬鹿な。悪いが栞、お前おかしくなっちゃったんじゃないのか?間違いなく死ぬ高さだぞ?」

「大丈夫だ。私はもう、大丈夫。信じてくれ、必ず君たち全員を【浮かせて】見せるから」

栞が言っている意味はよく分からなかったが、彼女を信じると決めた僕は、先陣を切って飛び降りる事にした。


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