19話 能ある鷹は爪を隠す
「ほう、お前から死にたいのか?」
チャキッっと、何の躊躇いもなく、銃を構える男。きっと人を殺すことを何とも思っていないのだろう。信じ固い事だが。
「いや、別に死ぬ気はねぇよ。これっぽっちもな」
飄々と言ってのける英知。本当に何か考えがあるのか?僕は心配で気が気じゃ無かった。
「ははは、何を言っている。状況が分かっているのか?お前たちはもう皆殺し決定なんだ。それともこれが見えないのか?」
言いながら、手に持つ大口径の銃を振る。
「そんなもの持ってた所で、何も変わらないさ」
「はぁ?そうだな。変わらないな。どちらにしろお前たちは全員死ぬよ。さ、まずはお前だ」
狙いをつける男。引き金を持つ指に力が入る。
「動くな」
英知がそう言った瞬間、僕は心底震え上がった。
怒鳴った訳でも、叫んだ訳でもないのに、その声はよく響いた。
英知を見ているのも何だか怖くなった。
次元が違う。世界が違う。桁が違う。規格が違う。同じ場所に存在するのが恐れ多い。
白衣の男も、銃を構えたまま固まっていた。
「馬鹿なっ…。お前の【能力】は、【此処】に居る者の中でも、一番弱かった筈。こんな、事は」
「ひゃはははは。何言ってんのお前。隠してたに決まってるじゃん。よく言うだろ?能ある鷹は何とやら、だよ」
「馬鹿な。ふざけるな。機械ならともかく、それ専用の【能力者】を欺ける訳が」
「欺けたんだよ。ひひひ。その【能力】を測る【能力者】が大した事無かったのかもなぁ!?」
「……っ!!それほどに強力な【能力】を持っているなら、何故今までじっとしていた?」
「ひゃはっ!!そんな事答える義理はねぇが、特別に答えてやるよ。冥途の土産にな。色々制約があんだよ。その中でも一番大きいのが、【相手に対して一定量以上の憎しみを持つ】だけどな。他にも色々あるんだが。おめでとさん。あんたはその全てを満たした。俺が花々しく殺してやるよ!!」
怖い。英知が怖い。でも、このまま黙っていたら、英知は男を宣言通り殺してしまうだろう。
英知が人を殺す所なんて見たくなかった。【此処】に来るまでにもう殺しているのかもしれないが。それでも。
「……英知。何も、殺す、事は」
「悪ぃな茉莉。止めらんねぇんだわ。【能力】使ってる時の俺は最高に昂ぶってるからな!!」
「それでも」
「五月蠅え!!邪魔すんな!!」
怒鳴られ、僕はもう何も言えなくなってしまった。とにかく今は英知の事が怖かった。
「さぁさぁまずは銃を構える位置を変えようか。自分のこめかみに当てろよ」
英知がそう言うと、男は信じられないという顔をしながらも、自分のこめかみに銃口を当てた。
「ひゃはは。反省したか?自分のやった事を少しは悔やむ気持ちになったか?今更もう全部遅ぇけどな」
「ふふふ。面白い。やはり【能力者】というのは面白い。実に研究のしがいがあるよ」
白衣の男は本当に面白そうにそう言った。自分に銃を向けているのに、少しも怯えていなかった。
「そうか。でも残念だったな。もうお前は死ぬのさ!!」
「それはそれで別にいい。もともといつ死んでもいいと思っていたからな、【良心】を失ったあの日から」
「はぁ?【良心】?無くしたのかお前。傑作だな」
「まぁな。面白いと言えば面白い。皮肉も利いている」
「ははは。もういい、死ねよ」
「やめてっ!!」
突然栞が、英知に掴みかかった。
「お願い!!やめて!!殺さないで!!お願いします!!あの人を殺さないで!!」
予想外の反撃に、英知はあきらかに困惑している。
もちろん僕だって意味が分からなかった。
「おいおい、何であいつを庇うんだ栞?」
困ったように言う英知。
「そうだよ、君はあいつに色々酷い事をされたんだろ?殺すとまで言われていたじゃないか」
僕も続く。
「ごめんなさい。それでも駄目なの。どうしても駄目なの。憎もうと、憎もうと、どれほど努力してもやっぱり駄目なの。自分の意思をどれだけ曲げようとしても駄目だったの。お願いします。殺さないで下さい」
「………意味が分からない。質問に答えろよ栞!!返答如何によっては、お前も敵とみなすぞ!!」
「………あの人は私のお父さんなの」
栞の言葉が、僕の聞き間違いである事を、訳もなく祈った。




