※16話 私と私
「あ………あの………いつから……………」
気付いていたんですか?と聞こうとしたが、惨めな事に私の震える声は、最後まで言葉を続ける事が出来なかった。
しかし白衣の男は、にんまりと笑うと、私の聞こうとした事に答えた。
「最初から、とか言いたい所だが、正直途中までは気付かなかったよ。栞ちゃんはなかなかの演技派だねぇ。残酷な事を躊躇無くこなすから、本当に【良心】が無いのかと思っていた」
騙せていたのだ。今回までは。
殺せと言われれば、見つからないように逃がした。
危ない注射を頼まれた時は、可能な限り薄めた。
それでも男が横で見ている時には、どうしようも無い事もあった。
そんな事を繰り返している内に、いつの間にか私は、もう1人の自分を作っていた。
本当の私と、作られた私を区別する為に、喋り方も変えた。
他人に感情移入しすぎないように、【実験体】とは、仲良くならないように気をつけた。名前を呼ぶ時も、男女に関わらず「~君」と呼ぶように統一した。
他人を傷つけているのは、だからもう1人の私で、私ではないのだ。と思うようにした。
それはつまらない騙りだったが、徹底する事で、自分くらいはせめて騙す事が出来るレベルになった。
そしていつの間にか、私は偽者の私と入れ替わった。
もはや、どちらが本当の私なのか、分からなくなっていた。
事情を知っている人から見れば、私は実に滑稽だっただろう。
残酷な事をしているのに、残酷な人間に徹しきれない。
かといって、嫌だと跳ね除ける事もできない。
そんな中途半端な人間なのだ。男の言うように、私はすでに人間として腐ってしまっているのかもしれない。
自分のやりたく無い行為を
「それが今回はどうした?【茉莉】に対して偉く肩入れするじゃないか。それまでも何度かおかしいとは感じてはいたが、今回の事で確信に変わった」
暗く光る目で私をじっとりと見据えながら、男は続けた。口元には嫌らしい笑みがこびりついている。
そうか。もしかすると、本当にこの男は最初から気付いていたのかもしれない。
それで、右往左往して慌てる私を見て、一人悦に入っていたのかもしれない。
そんな事を、男の目を見ていると考えてしまう。
「くふ。そんな泣きそうな目をするな。チャンスをあげよう。君自信の手で【茉莉】を殺せ。それが出来れば、【良心】が無いと認めてやらないでもない。無い事にしてあげよう」
何を言うのか。そんな事、私は―――。
「素手ではさすがに無理か?ならコレを貸してあげるよ」
そう言って男は、鈍い光を放つ黒い物体を押し付けた。
銃だった。