11話 本当におかしいのは
「奴のちから?」
僕が聞き返すと、栞は困った様な顔をして、言いつくろった。
「………ああ、別に大した事じゃないよ。……………だから、気にしないでくれ」
気にするなと、言われても。
気になってしまうに、決まっているだろう?
「奴って誰なんだよ、栞?」
「奴は……奴だよ。それ以上でも以下でもない………今は。今となっては。………なんでだろう、今日の私は少しおかしいみたいだね」
自嘲気味に栞は言った。
それはおかしいのだろう。おかしくなければ、自殺なんて考えないだろう。
否、違う。本当は分かっている。おかしいのは、本当は僕なのかもしれない。
栞は散々迷った末に、言った。
「……………もう一つ聞くけれど、聞いておくけれど、君は【此処】で消えた人間の名前を、覚えているかい?」
何を聞くのだ。そんな事。そんな当たり前の事。覚えていない訳が―――。
「………」
僕が答えないでいると、栞は溜め息を一つついて言った。
「……………そういう事だよ」
何がそういう事なんだろう。そういう事とは、どういう事なんだろう。何故僕は、【此処】で共に暮らした仲間の名前を、覚えていないのだろう。
「………英知という名前は?覚えていないかい?君と一番―――」
栞からその名前を聞いた瞬間、頭の軸がぶれたように感じた。
そして栞のその言葉は、僕の背後から聞こえた声によって遮られた。
「おいおい!!どうしたどうした、栞!?君らしくもない!!黙って見ていようかと思ったが、少し喋りすぎじゃないか!?何か考えがあっての事ならいいが、そうでないなら君の処遇を考え直さなければいけないねぇ」




