8話 微妙に響く言葉
「……………何、かな?」
僕の呼びかけに振り返る事はせず、しかし足は止めて、栞は答えた。
それは何かを期待しているような、何かを恐れているような、何かを迷っているような、そんな微妙な口調だった。
………声の間と抑揚だけでそこまで分かるなんて、僕も大概だな。もしかしたら全て気のせいで、間違っているのかもしれない。栞はただ振り返るのが面倒だっただけの事なのかもしれない。死のうとしている人間の気持ち何て分からないのだから。でも僕は、栞が本気で死のうとしているようには、どうしても見えなかったのだ。
「待って!!待ってくれっ!!」
「だからこうして「待って」いるだろう?」
それでも栞は振り返らない。
「こっちを向けよ!!そんな言い逃げみたいな事!!君らしくないだろ!?」
「……………」
やはり振り返らない。
「栞ッ!!」
「…………言い逃げとはまた変な言い回しだね。別に私は逃げも隠れもしないよ」
それでも振り返らない。
「でも死のうとしてるだろ!?それは逃げじゃないのかよッ!!」
「……………。…………………………。……………君は本当に不思議な男だね。つたない言葉だけれど、微妙に心に響くよ、君の言葉は。「微妙」にね」
やっと振り向いた。しかし少し俯いているせいで、その表情は前髪に隠れてしまって、伺う事は出来なかった。
微妙に、という部分にやたらと力を入れて来たのが気になるが、どうあれ栞は振り向いてくれた。
僕が説得しなければならない。頭をきしむような痛みが襲い続けているけれど、僕はなんとしてもここで、栞を説得しなければならないのだ。