3話 理解したくない言葉
その何でもないような言い方に思わず聞き逃してしまう所だが、僕の耳が正常ならば、今栞は「死んでみる」とか言わなかったか?いや言ってない。言ってない筈だ。そんな事は有ってはならない。だからこれは必ず聞き間違いなのだ。僕の耳も取り替える時期が来たのかもしれない。
――――――――――チガウ。
聞き間違いだったとして。それでは僕は、僕たちが作り上げて来たこの日常はどうなる?
もう消えないように、せめて僕たちは【此処】に居続けられるように―――理由なんて関係ないんだ―――作りあげた予定調和わどうなるというんだ。
だから。
だから僕は、冗談だ。と思った。
そんなものは冗談だ、くだらない、と。
またいつもの悪ふざけだと思ったし、そうである事を心の底から望んだ。
けれど。
覗き込んでくる彼女の瞳は、これ以上ない程に澄んでいて迷いを全く感じさせない。
悲しむように。慈しむように。怒るように。
少なくともその目は、冗談を言っている瞳ではなかった。
それで僕は、これが冗談ではない事を、認めざるを得なくなったのだ。
そうか。
ついに。
彼女も。
―――彼女までも、狂ってしまったのだろうか。
「どうしたんだい?ぼーっとして。いつになく間抜けづらだよ。新手の顔芸なんだとしたら、大して面白くもないから、即刻やめてくれないかい?」
「ああ、ごめんごめん。君が急に変な事を言い出すから。それにしても、何気にさらっと酷いことを言うね、栞」
「酷くはないさ。本当の事だから。君がそんなだから私は」
最後は呟くように栞はそう言った。尻すぼみになってしまった最後の方はよく聞こえなかったが、どうせ僕を馬鹿にする言葉を吐いたのだろう。
「いや、それが酷いんだよ。ところで栞―――」
ん?と首を傾げる栞。長い髪がさらりと横に流れる。いつ見ても綺麗な髪だ………じゃなくって。
「んん?また顔芸かい?止めときなよ。君の顔芸のスキルの無さは哀しい程だよ。」
「いやいや違うよ!!顔芸のスキルとか欲しくもないし。というか、何で今日はそんなに攻撃的なのさ。」
「じゃあ何だい?君の顔がクルリクルリと変わるから、私もそういう風に誤解してしまうんだよ?」
「いや、だからね―――」
そうか。もう先程の彼女の発言には触れないで、このまま流してしまおう。とそう考えた矢先に、彼女によってあっさりと話題は戻された。
「あのね。何でも無いのなら私の相談に乗ってくれよ。私は至極真面目に君に相談しているんだよ?」
やはり。
彼女は。
ゆるやかに、しっかりと。
―――狂い始めて。いるのだろうか。
「私、一度死んでみようと思うんだけど。」