※2話 日常に忍ばせる非日常
私は、感情をいつもより念入りに押し殺し、詰め込み、いつものように無表情でそのどこか小さく見える背中に問いかける。
「一つ質問があるのだけれど」
と。すると、目の前の男―――茉莉君―――は、さもそれが当然のように返してくれる。
長い時間繰り返されてきた儀式のように。
そうする事が当然であるかのように。
昨日、一昨日と続いたあの様々な事件を全て忘れてしまったように。
否。本当に忘れてしまったのだろう。否否、これも正確ではない。忘れてしまったのではなく、思い出せないのだ。
なにしろあの男が、一晩かけてストーリーを【刷り込んで】いたようだから。
昨日茉莉君への記憶の【捏造】を終えた男から聞いた話では、今刷り込まれているストーリーは、
「【此処】に来て、そろそろ一年になる。共にすごした仲間は、徐々に消えていった。それは【茉莉】の目の前で、あるいは気付かぬ所で、徐々に進行して行き、いつの間にか【此処】には私と【茉莉】しか居なくなってしまった。だから【茉莉】は、最後に残った私だけはせめて消えてしまわないように、変わらぬ日常を維持しようとしている。変わらぬ日常を過ごしさえすれば、周りの環境が変わる事がないとひたむきに信じている」
―――とまあ、簡単に纏めればこんな感じだったか。
私は、今から自分がしなくてはならない事を考えると、気が進まなかった。
一ヶ月たらずとはいえ、共同生活をしてきたのだ、情が移らない方がどうかしている。
あの男などは何も思わないのだろうが。
それに。彼は、茉莉君は、私と気が合うようだった。それも気の進まない一つの要因なのかもしれない。
しかし。
しかし、だ。私の【代償】の事を考えると、いっそ調度いいのかもしれない。
私から大切なものを奪う、この忌々しい【代償】。
「あのね、一回死んでみようと思うんだ」
いつもの受け答えから逸脱して、ふいに私は言った。もちろん指示された言葉だが、少しは本気も混じっていたかもしれない。
茉莉君の目から目線は外さなかった。外したくなかった。




