9話 図書館の支配者ー05
「さあ茉莉君、私達もそろそろ行くとしようか。」
千鶴子さんが行ってしまうと、千鶴子がそう声をかけて来た。
頴娃君の事もあり、なんて答えていいのか迷った僕は、結局あいまいに頷いた。
そんな僕を見て、黒衣の少年は朗らかに言う。
「先ほどの事は本当に気にしていませんよ。他にも見て周る場所があるんでしょう?どうぞ、僕の事は気にせず行って下さい。」
そういう言い方をされると、こちらとしとも困ってしまう。
逡巡する僕に、栞は速く行こうと急かす。さっきの事はあまり気にしていないようだ。本人が行っている通り、ああいう事はよくある事なのだろうか。それはそれで悲しい気がするが。
「ほら、いつまでもじもじしてるんだい?置いていくよ?」
すでにドアを開けて廊下に立っている栞が僕を呼んでいる。
「ほら、栞さんが呼んでますよ?」
やはり笑顔で頴娃君が言う。
何だかとても居た堪れない気分になって、無駄を承知で僕は言う事にした。
「ねえ、頴娃君。」
「はい、何でしょうか。」
「君に言っても、無駄なのかもしれないけど、やっぱり、言う事にするよ。」
何度見ても綺麗な瞳だ。【人の想いが見える】というその能力で、どうやったらこんな瞳が維持できるのか。
その吸い込まれそうな瞳を見ながら、僕は言った。
「頴娃君、僕は確かに最初、君のその能力を怖いと思ったけど、それは、最初の衝撃が強かったってだけで、それは違うんだよ。僕は、君のその能力が、確かに恐ろしい。でも、君自身は怖くないっていうか。……………その。君がその能力を悪い風に使うようには見えないんだ。………………だから。………………その…………………。」
結局しどろもどろになってしまった。
「ありがとうございます。そういう事を、言ってくれる人は珍しいので、本当に嬉しいです。皆さん、思っても口には出さない方が多いので。どうせ僕には何を言っても無駄だと思うんでしょうか。」
そう言う頴娃君の顔が、始めて少し曇って見えた。
僕には、やはり彼が悪い奴には思えなかった。
「ああ、だから僕は、君の事は怖くないよ。」
僕がそう言うと、しばらく俯いて何かを考えてから、言った。
「僕を信頼してくれたお礼に――――お礼といっては何ですが――――、少し僕の能力について、付け加えておきます。確かに僕は、【人の想いを見る】事が出来ますが、そんなにはっきりと見える訳ではありません。鍛えるともっとはっきり見えるのかもしれませんが、少なくとも今は、その人が怒っているとか、悲しんでいるとか、そういう事が見えるだけです。」