※22話 どこかで見たような男
ぱち、ぱち、ぱち、と間の抜けた音が響いた。
何だ?誰かが拍手している?……けど、誰だ?
そう思って俺は、部屋を見回してみた。
茉莉は気を失っているようだ。アイツには、目を覚ましたら色々と聞かないといけないな。それで、場合によっては俺が―――栞の言ってたように―――1発殴ってやらないと。ま、最後のやり取りを見た感じじゃあ、そんな心配もなさそうだけど。
栞はその茉莉を両手で支えている。別に茉莉に対して怒っている訳でもないようだった。殴られたら普通は切れる……まではいかなくても、もう少し感情を出してもいいような気がするんだが。うーん、栞はよく分からん。
鞘香は、部屋の端の方で縮こまって、ぶるぶる震えている。両手で頭を抱えているので、拍手なんてしている筈が無い。というか、事態が一応の終わりを迎えた事に、気付いてないんじゃないのか?茉莉が謝っただけで済むようにも見えないし、事情を説明するにしても、骨が折れそうだ。
となると、千鶴子か?
しかし千鶴子の手は両方とも床に着いている。呆けた顔で入り口の方を見ていた。反響してよく分からなかったが、拍手も、その方向から聞こえてくるようだった。
「いやいやいや、実に面白い見世物だったよ。【茉莉】がまさか生き残るとは思わなかったが、それもまた面白い」
ドアから白衣を着た男が姿を見せた。
誰だ?コイツ。いや、俺はコイツとあった事がある。ん?いや、どうだろう。やっぱり、気のせいだろうか。
「何であなたが」
「誰だ?お前は」
栞の声と俺の声が重なった。栞はコイツの事を知っているのだろうか。男は、栞の問いかけを無視して、俺の方へと顔を向けて言った。
「くくく、酷いなあ亜空。お前とは仲がいい設定だっただろ?短い間ではあったがな。それを誰だとは……いやいや酷い」
「設定……だと?それは、どういう」
「まぁ、忘れるなというのが無理な話かもねぇ。くくくくく」
「いや、待て、お前……………木霊、か?」
俺がその名前を言うと、白衣の男は少し驚いたような表情になった。
「お?マジで思い出したの?いやあ実になかなか。本当に君たちは興味深い。でも違うなあ。確かにその名前の方が君にはしっくり来るだろうが、僕の名前は【木霊】じゃない」
「は?じゃあ誰なんだよ!!」
「君に答える必要はないね。…………ふむ。いい感じにみんな弱っているな。これもまた一興、か。一度に実験を進めてしまうか。二人足りないようだが、それもまあ何とかなるだろう」
「実験だと!?いきなり出てきて意味分かんねえ事ばっか言ってるなよお前!!」
「……………少し静かにしていてもらおうか」
白衣の男は俺の方を睨みつけて、近付いてくる。
逃げようと体を動かそうとするが、思うように動かない。さっきまでは何とか持っていたが、茉莉の件が終わって、俺は安心して力を一度抜いてしまった。男はやすやすと俺を捕まえると、首筋に何かを注射してきた。
痛くはなかったが、だんだんと視界が朦朧としてくる。
……………どうにか意識を保とうとしたが、どうやら無理なようだった。閉じていく視界に、栞と白衣の男が話しているのが見えた。