※17話 作戦タイム
「はぁ?準備?」
少し間の抜けた声が出てしまった。
会話しながら走る事に慣れていないので、こけそうにもなった。
「そう、準備が必要だ。」
隣りを走る栞は、体の軸も、声もブレがない。
汗も全然かいていないようだ。
いくら俺が疲れているとはいえ、栞の体力にはまったく恐れ入る。
「やっぱりお前、何が起こっているのか知ってるのか?」
あーやっぱりきついなぁ。
どれだけやばい事になってるかしらないけど、やっぱり部屋で寝てた方がよかったかも。
「詳しい事は、分からないが。間違いなくこの異変の原因は【アル・アジフ】だよ。」
左右を確認しつつ、栞が応じる。
「【アル・アジフ】?それって、図書館で……えっと……」
何だったか。誰が、持っていたんだったか。
うーん、ここまで出てきているのに。
というか、昨日の今日でもう忘れるとか、ちょっとやばいんじゃないか?俺。
「そう、その本だ。…………………………覚えてるのか。」
「あ?何か言ったか?」
本の事実を肯定した後に、ぼそりと何かを呟いたようだが、聞き取れなかった。
「いや、何でもない。それで、作戦なんだが……」
「おう!!体力使うのはなるべくごめんこうむりたいけどな。」
「それは、………おそらく大丈夫だろう。亜空君、君は【アル・アジフ】という本を、どの程度知っている?」
「どの程度も何も、ほとんど知らないぜ?本当だったら今日、茉莉から詳しく教えてもらう筈だったんだけどな。」
「ふむ。………時間もない事だし、単刀直入に言うよ。あの本は、人の―――人といっても、主に【能力者】限定なんだが―――負の部分の感情を取り込み、それを【能力】へと変え、さらに増殖する事が出来る。」
「……能力者以外の人が持ったらどうなるんだ?」
俺がそう聞くと、少し呆れたように、栞が言う。
「……………何故そこにくいつくんだ?時間がないと言ってるだろうに。」
「別にいいだろ?気になったんだから。」
「……………。普通の人間が持ったところで、別に何もない。少し嫌な感じがする程度だろう。【能力】を持っている人間というのは、かなり高い確率で、心の中に深い闇―――トラウマ―――を抱えている。君も覚えがあるだろう?そこに、あの本は入り込むんだ。入り込み、刺激し、その感情を【能力】へと変換する。……………その結果、暗い感情に、持った人間は取り込まれる。」
トラウマ、か。
それを無理矢理暴き出されるなんて、考えただけでぞっとする。
「……………そうか。それで、その本を、今茉莉が持ってるのか?」
「おそらくね。」
「……………。作戦ってのは?」
「……それがね、思いつかないんだよ。」
「は?」
「だから、思いつかない。……………気をそらせればいいような気がするが。」
「気をそらす?」
「ああ。おそらく茉莉君は今、とてつもない負の感情に翻弄されている筈なんだ。……何でもいいから、それ以外の感情を紛れ込ませる事が出来れば、あるいは。」
「なんだ、ちゃんと作戦あるんじゃないか。」
「いや、だからその手段がね。問題なんだよ。」
本気で悩んでいる栞に、俺は一つの案を出してみた。
「コントでもするか?」
「……………は?」
今まで乱れなく続いていた足並みが乱れた。
面白い。栞が動揺している。
足を止めてしまった栞の元へと戻る。
「コントだよ。というか、コントもどきの事をしようぜ?」
「………いや、………その。」
うを。面白い。面白いぞ。あの栞が、動揺しまくっている。
ふふふ、これはこの案を通すしかないだろう。
「他に案もないんだろ?時間も無いんだ、ほら、行こうぜ!!」
俺は、栞の手を引いて、半ば無理矢理走り始めた。
「……………いや、……………確かに、……………しかし、……………そんな事……………」
後ろで栞は、しばらくぶつぶつと呟き続けていた。