23話 冥途の土産
「あはぁあ、そんなにいい顔で怯えないでちょうだい、茉莉君。」
すべるように、体を寄せて来る千寿さん。
動けない僕の頬を、艶かしく右手で撫でる。
目が、さっきの部屋で見た時みたいに、少しイってしまっている。
むしろ、さっきの方がマシだったように感じる。
駄目だ。怖い。笑ってるのが、余計に。
光る物が目についたので、視線を一瞬ずらすと、【アル・アジフ】が、薄くではあるが、継続的な光を放ち始めていた。
これは、本当に、そろそろ不味いんじゃないのか?
僕の体を取り巻く事態は、何も改善していないというのに。
「ちょ、ちょっと待って下さい、千寿さん。」
精一杯の虚勢で、震えないように声を出す。
「なに?なんで?」
なんで、と来たか。
【アル・アジフ】に精神を支配されるというのは、どういう感覚なんだろう。
自分の意思が、捻じ曲げられるのか、それとも。
さっき千寿さん自身が言っていたように、捻じ曲げられるという感覚ですらなく、自分がもとからそうしたかったのだと、誤認するようになるのか。
「あなたの【能力】について、教えてくれる約束だったじゃないですか。」
おかしな表現だが、この状況にもだんだん慣れてきた。
思ったよりも、凛とした声を出す事に成功する。
「……………そう、だったかしら?」
厳密には、約束はしていないのだけれども。
「そうですよ、冥土の土産に教えてくれる、って。」
「……………。」
「……………。」
「……………。」
「……………。」
なんだこの沈黙は?
いい意味で受け取ってもいいのか?千寿さん特有の、いつもの沈黙だと受け取ってもいいのか?
あわてて【アル・アジフ】を見る。
光は、さっきより弱くなっているような気がした。
ぼんやりとした光が、たっぷりと時間をかけて収斂していく。
「…………あんまり物騒な事を言っちゃ駄目よ、茉莉君。冥土の土産だなんて。まるで貴方が死ぬみたいじゃない。」
笑顔の仮面を再び被って、千寿さんが言った。
「でもこのままではそうなるんでしょう?」
「それはまだ【確定】していないわ。」
「【確定】?」
「説明の途中で話そうと思ったんだけど、余計な話はしない方がよさそうね、話してるとつい興奮しちゃうから。」
まったくだ。
なんで【此処】には、こんなにも話したがりが多いんだよ。
と思ったけど、もちろんそんな事は口に出さずに、僕は千寿さんの次の言葉を待った。