18話 笑顔のペルソナー02
「つまり、この笑顔は、ある種の仮面、という訳ね。」
「笑顔の仮面、ですか。」
「そうよ、面白いでしょ?」
面白いかどうかは別としても、感情を増大するあの【アル・アジフ】に対して、それは有効な手段なのかもしれなかった。
でも、それなら。わざわざ抑えつけるくらいなら、
「その本は、必要なんですか?」
「必要、って?」
「だから、抑えるなんていう事をしなくても、その本を手放してしまえばいいんじゃないですか?」
というか手放してくれ。その本が近くにあるというだけで、僕の体は緊張してしまっている。
「それは、駄目よ。」
にべもなく答える千寿さん。
「何でですか?まさか―――まさか、その本の【能力】を使って、【此処】を壊そうと考えているんですか?貴方も。」
「貴方も?」
「いや、あれ?おかしいな。………とにかく、そういう物騒な事を考えているんですか?だから―――」
だから手始めに、その力で僕を殺そうとしているんですか。
と、危うく言いそうになった。
さらりと殺す、という言葉を思いついてしまった自分にぞっとする。
僕も少しずつ、あの本に毒されてしまっているのかもしれない。
「そんなつもりはないわ。今の所は。」
「今の所は!?それは後々するかもしれないっていう―――」
つ、と、千寿さんの立てた人差し指が、僕の唇に触れる。
その流れるような一連の動作が、艶めかしく、ふいを突かれた僕は、黙ってしまう。
「そんなに興奮したら駄目よ、茉莉君。貴方は考えなければならない。冷静な、頭で。」
もとの位置に戻った千寿さんは、何も無かったように続ける。
「貴方は決定的に勘違いしているわ。」
「勘違い?」
「そう、私がこの本を使っているんじゃなくて、この本―――【アル・アジフ】―――が私を使っているの。それに私は抗っている。分かるかしら?」
「分かるかしら、って。」
「この本の【能力】を、一人の人間が抑えきれる筈がないじゃない。」
「……………。」
「私のこの笑顔の仮面だって、一時的なものよ。すぐに感情の高ぶりを抑えきれなくなるでしょうね。」
「……………。」
「だから貴方は考える必要があるの、私からどうやってこの本を奪うか。」
「……………なら、まずはこの縄を解いてくれませんか。手足が動かない事には、どうしようもならない。」
「だから、それは無理よ。」
「……………本が、僕の拘束を解く気がないからですか。おかしな表現ですが。だから体が動かない?」
「そうよ。つまり縄をどうやって解かせるか、から考えてもらう事になるわね。」
千寿さんに気づかれないように、心の中で大きく溜め息をつく。
本当に。
一難去って、また一難、だな。