14話 わからないのなら、いいの
千寿さんのその表情は、笑みである事には変わりないが、今までとはあきらかに違った。
何が違うか、具体的に表現するのは難しいが、
そこを無理に表現するとするなら、
今までの作り物めいた笑みから、
少し人間味を含んだ笑みになった、という所だろうか。
その表情は、どこか恍惚としているようにも見えた。
と、【アル・アジフ】が光を放った。
それを見下ろした千寿さんは、
「あ、いけないいけない。」
と言うと、また先程までの作り物めいた笑みに戻った。
本が光った瞬間に、僕が体を強張らせたのを敏感に感じ取ったのだろうか、
「ねぇ、茉莉君。あなた、この本の事を………知っているの?」
と、千寿さんが聞いてきた。
「………………ええ。」
嘘をついても、仕方ないだろう。
僕が知っている事を、向こうも感じ取っているようだし。
「………………そう。………………………。」
何故か満足そうに頷くと、千寿さんは黙り込んだ。
何かを考えているようだ。
やがて千寿さんは、やはり笑顔のままで聞いてきた。
「………………ちなみに、本の題名は?」
「?【アル・アジフ】、ですよね?」
………………何でそんな事を聞くんだ?
「………じゃあ次。それを何処で知ったの?」
「………………図書館ですけど。」
「そうね。じゃあ最後の質問。その本を、私の前に持っていたのは誰?」
「…………。」
誰……だった、かな。
思い出せそうなのに、思い出せない。
なんだか無性にむず痒かった。
千寿さんは、しばらく僕の答えを待っていたようだが、僕が何も答えないと判断すると、
「頴娃君って、知ってる?」
「エー?」
「分からないのなら、いいの。」
「………?」
質問の意図が分からない。
「…ちなみに、今は頭は痛くない?」
またその質問か。
「………別に。」
千寿さんは、嬉しそうに笑うと、言った。
「なるほど。………半分成功で、半分失敗、といった所かしら。」