※5話 定期外報告ー01
周りに誰もいない事を、念の為に確認し、するりと部屋に入ると、その人物は電話へと近寄る。
前回のような失敗を繰り返さない為にも、部屋の中をもう一度見渡した後に、いつも通りの手順で電話を掛ける。
手順は全て定められた通りだが、今回は定例報告では無かった。
それだけに、相手が出るという保障は無かったが、それでもその人物は、電話を掛けた。
「………なんだい?」
電話の向こうから、不機嫌そうな声が響いた。
「確認したいことがいくつかあるのですが。」
「んー面倒くさいなー。そっちで何とかやっといてよー。」
「…………」
そういう訳にもいかない。
その人物は、ここは沈黙するのが効果的と判断し、そしてその選択は正しかった。
「はーやれやれ、手短に頼むよ。」
「はい、では。まず、被験者【亜空】の【能力】が本人の意図しない所でも発現しているようですが、これは暴走と考えても。」
「さー?他人の【能力】の事なんてしらないよ。でも確かソイツ、昨日滅茶苦茶【能力】を使いまくってた奴だよね、だったらそういう事もあるんじゃないの?知らないけど。」
「という事は、貴方が手を加えている―――貴方の意図した現象―――ではないんですね?」
「うん、僕は全然関係ないよ。」
「分かりました。では次に、昨日の時点では確かに消えていた筈の記憶が、甦りつつある者がいますが、これは。」
「あーそれね、それは適宜そっちで対応してよ。」
「………。了解しましたが、もう少し詳しく、貴方の【能力】について教えて頂けませんか?その情報は、今後の行動に、根本的に関わって来ます。」
「…………………。その前に、もう一度確認しておこうか。君がもし裏切った場合、どうなるか―――」
「―――分かっています。」
「本当に分かってるんだろうね。まぁもし裏切ったところで、困るのは君だからね。」
「はい、全て承知しています。」
「ふん。ならいいんだ。…………………ええと、どこから話せばいいのかな。」
「記憶が甦る者がいる理由を聞かせて頂ければ。」
受話器ごしの声は、何かを言おうとして一度噴き出し、
しばらく低く笑った後、笑いを堪えながら言った。
「絆だよ。笑えるね。僕の一番嫌いなものさ。いや、一番はさすがにいいすぎたかな。」
「仲の良かった者の記憶程、思い出し易いという事ですか?」
「まぁそんな感じだね。反吐が出るよ。何でそんな妙な【条件】が付きまとうんだろうねぇ、忌々しい。そのせいで使い難いったらないね。」
「…………………。」
「絆!!友情!!信頼!!まったく馬鹿馬鹿しい。そんなもの、何の役にも立ちはしない!!」
「…………………。」
「どうしたんだい?さっきから黙り込んで。まさか君もそういうのを信じてるっていうんじゃないだろうねぇ、クク。」
「いえ、そんな事は、ありません。」
「ククク、だろうねぇ。君は、そういうモノから、ある意味一番遠い存在だからねぇ!!ククククク。」
「………。…………。…………気になったのですが、そういう【条件】があるのなら、この実験自体が失敗する可能性もあるのでは?」
「その点は問題ない。被験者【茉莉】には、念入りに念入りに掛けておいたから。思い出すような事は、間違っても起きないよ。」
「分かりました。」
「……………話はそれだけかい?だったらもう切るよ、ドラマの再放送を見るからね。友情がテーマらしいんだけど、これがまた面白いんだ、友情なんていうチープでくだらないものの為に、命をかける少年が出て来るんだよ。クフフ。思い出しただけでも笑えてくる。君も今度一緒に見るかい?」
「………お断りします。では。」
複雑な感情を抱えたまま、その人物は受話器を置いた。