9章 事象を見る女 1話 デジャヴ
ドアを開けようとして、手を止める。
その様子を、千鶴子さんが後ろから不思議そうに覗き込んできた。
「ん?どうかしたの?」
そうだった。このドアは左手で開けなければ。
【此処】に来て、そろそろ一ヶ月になるけれども、このドアを始めとする鞘香さんの一連の作品だけは、未だに慣れない。
人間の心理の盲点を突いてくるというか、何というか。
忘れた頃にやって来る、みたいな。
意識していなければ、ドアなんて利き手で開けてしまう。
「いや、別に。」
と答えながら、左手をドアの取っての部分に添える。
そういえば、千鶴子さんは鞘香さんの作品に「かかる」人なのだろうか。
「どうしたの?早く入ろうよ。」
………違うのかもしれない。もしそうなら、この反応は少なくともしないだろう。
鞘香さんの【代償】が、少しは改善されたって、昨日の夜に○○から聞いたけど、実際どうなんだろうか。
確かその変わりに、様子がおかしくなった、とか言ってた気がするけど。
今部屋にいるのだろうか、というか用事ってその事なのかな、もしかして。
「だから何してるのよ、貴方が開けないのなら私が開けるわよ。」
千鶴子さんがそう言うと、僕の体が微妙に重くなる。自分の体なのに。
だから僕は慌てて言った。
「いや!!大丈夫!!今開けるから!!」
身体を勝手に使われるのは、とてもではないがいい気はしない。
………千鶴子さんの【代償】って何なんだろうな、結構ばしばし【能力】を使ってる気がするけど。
「ん〜?いいのよ?お姉さんにそのまま身体を任せなさい?」
微妙に違う意味に聞こえるから止めてくれ。狙っているのかもしれないが。
「いや、大丈夫だから。」
「まぁそう言わずに。」
半ば強引に。僕の身体の制御権を奪おうとする千鶴子さん。
そうはさせるかと、僕は何かよく分からないものに抵抗した。
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「む、やるわね。腕を上げたんじゃない?茉莉君。」
ようやく諦めたようで、千鶴子さんが言う。
フォリスもすっかり落ちついた様子だったし、
正直一人でまたあの廊下を歩くのは不安だったから、
付いてくるという提案を受け入れた訳だけど。
こんな事なら、部屋を出るときに、しっかりと断っておけばよかった。
まぁ、よく分からない杖を、使いこなしてくれたのは助かったけど。
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何はともあれ。
ようやく、という感じで僕はドアを開いた。
「やっと来たのね、ずっと待っていたのよ、うふ。うふふふふ。」
部屋の住人の一人が、薄気味悪い微笑みとともに僕らを迎えた。
「………………………。」
同じような事が、前にも、あったような気がしないでもなかった。
多分無かったと思うんだけど、とにかく、漠然とした嫌な予感がした。