マイグラント
七海は医者も驚くほどのスピードで急速に体調を回復させていった。後遺症が心配されたが損傷を負ったはずの臓器もいつの間にか回復しており、こんなことはありえないと何度も医者がぼやいていた。
疑心暗鬼の医者の勧めで執拗に検査を繰り返し、退院が許可されたのは二週間後のことだった。七海は退院翌日には中学校に登校し、クラスメートから退院おめでとうと祝福の言葉を受けていた。
七海が入院してから注目度が若干上がっていた八尋は、七海の復帰によってこれまで通りの地味な中学生活を送ることになった。それはそれで構わなかったが、本当に七海は大丈夫なのか、不安になることがあって、隣のクラスの七海の様子を見に行っては、友達に囲まれて笑顔を輝かせている姉の姿を確認することになった。
七海の登校初日、まるで学校全体が七海の退院を祝っているかのように、いつもより生徒も教師も笑顔が多かった気がする。七海一人でここまで学校の雰囲気が変わるのか、と八尋は感心していた。
帰りのHRが終わり、帰宅の時間になった。さっさと鞄を持って帰宅しようと教室を出ると、友達をたくさん連れた七海が待っていた。
「七海……?」
「一緒に帰ろうか、八尋」
七海が笑んでいる。八尋は渋面を作った。一緒に帰るなんてこと、これまではほとんどなかったのに。
「でも七海、部活は?」
「退院したばかりで許可下りなかった。まあ、当然だよね。それでなくとも今日は八尋と帰るつもりだったけど」
双子水入らず。というわけでみんなごめんね。七海は周りの友達にそう告げて、さっさと八尋を連れて廊下を歩き始めた。
校門を出たあたりで、七海が呟いた。
「マイグラント……」
「え?」
「入院中、あまりにも暇だったから、調べておいた。あの冬川さんって人、言ってたでしょ。マイグラントって」
「ああ……、そっか。あの言葉、七海も聞いてたんだな」
言われてみれば当然だ。あそこは七海の夢の中だったのだから。
七海の足取りはどこか軽い。うきうきしているようにも見える。
「マイグラント、渡り鳥とか、移住者って意味だけど。ネットで検索したらそういう名前の店舗とか喫茶店とか、幾つかあったから、私的にそれっぽいな~と思った店をピックアップしておいたよ」
「それっぽいな、って? 根拠は何かあるのかよ」
「勘。それ以外に何かある? ほら、駅に行くよ。片道一時間はかかるから、早く」
「は!? 今から行くのかよ」
なんだ、この行動力。いや、七海の性格を考えれば自然なことかもしれない。自分を突如襲った病魔と、夢に巣食う魔物。そして他人の夢の中を自由に出入りしていた、冬川恵という少女。ろくな説明もないまま夢は終わり、冬川は退場してしまった。マイグラントというキーワードを与えられた以上、徹底的に調べ上げるのは、七海からすればごく当たり前のことか。しかしなにも登校初日に行動に出ることはないだろう。
「でも、電車で行くのか? 俺、カネ持ってないし……」
「私が持ってる。ほらほら、行かない理由を探しても、そんなもの全部私が潰してあげる! だからとりあえず駅に向かおう?」
なんだその理屈。しかし実際、道中に八尋がああだこうだとぼやいても、ことごとく七海が詭弁を弄して言いくるめてしまった。論破されているというより、強弁によってねじ伏せられているイメージ。周りの友人は七海のことを明朗闊達で爽やかな人間だという印象を持つかもしれないが、八尋は知っている。七海の本質は頑固一徹、自分がやりたいことをやるまで諦めないワガママな女だということを。
八尋は七海に目をつけられた時点で、彼女に従うしかないことを知っていた。それでも七海にああだこうだと反論するのは、八尋が必死に頭の中で捏ね繰り回したリクツを、彼女がどのようにして鮮やかに粉砕していくのか、ちょっと面白がっている節があるからなのかもしれない。
二人は駅に到着し、七海の指示で切符を買った。普段の生活で電車を利用することがなかったので、改札で使える類のICカードを持っていなかった。高校に進学したら持つことになるのかなー、とそんなことを考えながら電車に乗った。
到着した駅は、八尋たちの地元の駅より閑散としていた。そこそこ車内は混んでいたのに、降りる人がほとんどいなかった。駅のホームは屋根があるだけで、その気になればその辺の塀を跳び越えてホームと普通の道を行き来できてしまえるような、そんな簡易な造りとなっていた。
「ほら、こっちこっち。早く行くよ」
辺りを見回していた八尋に、七海が呼びかける。七海はケータイで地図アプリを表示させて、それを見ながら歩いて行った。八尋はそれについて歩くしかない。
駅前の大きめの通りから、どんどん狭くて入り組んだ路地に入っていく。駅からそう離れていないはずなのに、人通りはほとんどなく、立ち並ぶ店舗の看板も薄汚れている。
「えーと、この辺のはず……」
七海がケータイの画面に見入っている。八尋は辺りを見回し、小さな看板を構えている半地下の喫茶店を注視した。看板にはMIGRANTという表記がある。
「ほら七海、あれじゃないか……。マイグラントって」
「えっ」
七海は八尋が指差した看板を見た。そして頬を膨らませる。
「もう! どうして八尋が先に見つけるの! しかもそんな無感動な感じで! もっとこう『わあぁっ! 有ったぁ! うひょああ!』くらいリアクションしてよ!」
「なんでだよ」
七海はケータイを仕舞い込み、躊躇することなくその喫茶店に向かった。何段か階段を降りた先に入口のドアがある。八尋は慌てて七海についていった。どうしてこう、この女は、少しも尻込みすることなく中に入れるのか。外装だけ見るとなかなか怪しげな雰囲気があるが……。しかもドアの前には準備中の札が下げてある。
「ごめんくださーい」
七海が中に入るなり言う。中は薄暗かったが、人がいないからではなく、これがこの店の標準的な明るさのようだった。窓には全て分厚いカーテンが付いており、間接照明がぽつんぽつんと部屋の隅にあるだけ。これでは中が薄暗いのも無理はない。
「準備中なんだけど」
男性の声がした。ふと見るとカウンターの奥にジャケットを着た長身の男性が立っていた。髭や産毛の一切ないつるりとした肌をしているのが、この暗さでも分かる。年齢は18歳前後だろうか、アイドル事務所に所属していると言われても違和感のない整った顔立ちをしている。髪もちょうどそんな感じだ。
「あ、すみません。わたくし、結城七海といいます。ちょっと夢の世界についてお尋ねしたいんですけど」
幾ら何でも単刀直入過ぎる。いきなり夢の話なんて切り出す馬鹿がいるか。八尋はひやひやした。変な奴らだと思われたらどうする気だ。
しかし男性は少し驚いたように目を見開くと、くすりと笑った。
「ああ、なるほど、確か二週間前くらいに発見したキャリアの名前が、結城七海ちゃんだったかな……。ということは、そこにいるのは結城八尋くん」
いきなり自分の名前を呼ばれてどきりとした。八尋はぎこちなく頷く。
「お、俺のこと、知ってるんですか?」
「そりゃあ、見ていたからね。きみの活躍を。初めての戦いであれだけ立ち回れるなんて、なかなか例がない。アンクが覚醒しても、最初は右往左往するのが関の山だ」
八尋は瞠目した。褒められたことに反応したのではない、夢の中の出来事を現実の出来事としてあっさりと話した、この男性の態度が意外だったのだ。
男性はカウンター前の席を勧めた。二人はそれに従い、バーカウンターの席に着いた。
「僕の名前は槙野信之輔。大学生だ。一応、ここの代表ということになってる」
「代表、ですか?」
七海の言葉に、槙野は頷く。
「そう、代表。まあ、名ばかりのリーダーだけどね。体よく雑務を押し付けられるよう、一番上に祭り上げられてるわけだ。ここの店番も、戦闘ナビも、アンク管理も、全部僕の役割だ」
はあ、と槙野は嘆息した。
「おかげで大学の単位がやばくてね……。留年したらどうしよう。まあ、学費は自分で稼いでるわけだが……」
八尋と七海は顔を見合わせた。槙野が俯いてぶつぶつと言っているので七海がおそるおそる呼びかける。
「あのー、槙野さん? それで、夢の中の話なんですけど」
「おっと、これは失敬。そうだよね、色々と気になるよね。夢の中の世界であんな化け物と対峙して……。それだけなら、妙に現実味のある夢だということで片づけられるが、蛹魔は現実世界のキャリアの健康に多大な影響を及ぼす。夢の中の話ってだけで片付けられるものではないよね」
槙野はしみじみと言う。
「七海ちゃん、きみはもう躰は大丈夫なのかな? 結構蛹魔の繁殖を許していたようだが」
「はい、おかげさまで。詳しくお話を伺ってもよろしいですか。蛹魔とは何なのか、夢の中の世界でどうしてあのような戦いが起こっているのか、そして、あなたたちは何者なのか……」
槙野は、うんうん、と頷き、腕組みをした。
「分かった。全て説明しよう。しかし何から話せばいいのか……。そうだな、まず蛹魔とは何か、ということから話そう。あの化け物どものことだ」
八尋は頷いた。それこそが最も重要なことだ。あの化け物は何なのか。人間の夢に卵を植え付け、宿主を殺す。あんなのが大量にいたら、多くの人が死ぬことになる。
「蛹魔とは何か……。結論から言えば、それは僕にも分からない」
「「えっ」」
八尋と七海が同時に声を上げた。あははと槙野は笑っている。
「申し訳ない。あれが何なのか……。僕だけじゃなくて、誰も分からないんだよ。ただ分かっていることは、連中はヒトの精神に卵を植え付け、増殖する。そして大量の幼生がヒトの精神だけではなく肉体まで食い破る。宿主を殺した後は、また別の人間の夢の中に入り込む。それを繰り返している」
「そんな……」
八尋は呻いただけだったが、七海は身を乗り出した。
「今、簡単に『別の人間の夢の中に入り込む』って言いましたけど、経路とかは分かっていないんですか。ヒトの精神から精神へジャンプするのって、なんか不自然に感じるんですけど」
槙野は目を見開いた。
「きみ、鋭いな。確かにきみの言う通りだ。蛹魔は無条件で他人の夢の中に入り込めるわけではない。運搬者が必要だ。蛹魔を持ち運び、その繁殖を促している人間を、僕たちは夢喰いと呼んでいる」
「夢喰い……。その夢喰いは、どうしてそんなことをするんですか? 何かメリットでもあるんですか」
槙野は頷く。
「彼らにとっては、メリットがある。そもそも夢喰いの多くが、死んでいる人間の精神体なんだ」
「えっ?」
「平たく言うと幽霊だ。幽霊。お化け」
八尋は面食らった。さすがの七海も同様のようだった。槙野は苦笑する。
「まあ驚くのも無理はない……、ただ幽霊と言っても、その辺をふわふわ霊魂が漂っているわけじゃない。夢喰いというのは人間の精神に寄生することで何とか命を長らえている存在。肉体は朽ち果てているが、その精神だけが夢の世界で生き続けているんだ」
「精神だけの存在……」
八尋にはぴんとこなかった。七海はうーんと腕組みをして考え込んだ。
「その夢喰いが、どうして蛹魔を繁殖させようとしているんですか」
「蛹魔が巣食った人間の夢の世界は、夢喰いにとって非常に環境が良いらしい。というか、まともに活動するには蛹魔がある程度破壊した精神世界でないといけないらしい。詳しいことは分かっていないが」
健全な精神状態の人間には寄り付きにくいが、蛹魔によって弱らされた精神には移り住みやすいということだろうか。
七海は納得したように何度も頷いた。
「幽霊が人間の精神を破壊するために蛹魔を送り込み、攻撃している……。私がその攻撃対象に選ばれてしまったってことですか」
「そういうことだね」
「じゃ、次の質問。槙野さんは、何者なんですか」
槙野は顎をさすり、
「僕が何者なのか……。まあ当然の疑問だよな。しがない大学一年生……、ということで」
「他人の夢に干渉したり、蛹魔と戦っていたり。普通じゃないですよね」
「まあ、そうだが……。ただ、一つ警告しておくよ。僕たちは日々、蛹魔や凶悪な夢喰いたちと夢の中で交戦している。夢の中でやられたとしても、数日間意識を失うだけで、致命傷になるわけではないが、それでも躰には相当な負担がかかる」
「そうなんですか」
「見ていれば分かるが……、結城七海ちゃん。きみ、僕たちと一緒に戦いたがっているんじゃないか?」
八尋は驚いて、双子の姉である七海をじっと凝視した。見慣れたはずのその顔に違和感を覚える。決意めいたものを感じ取った。
「……だったらどうなんですか。仲間にしてくれます?」
「正直言って、僕たちは戦力に飢えている。仲間になってくれるというのなら大歓迎だ。しかし仲間になるにしても資格がいる」
「アンク……、ですか」
「そう。アンチクリサリス、略してアンク。夢の世界で使うことができる武器のことだよ。アンクを覚醒させなければ仲間にはなれない。あと、年齢も重要だ」
槙野は八尋と七海を見渡した。
「きみたちは中学生だろう。せめて高校生になってからだな。僕たちの仕事は危険なものだ」
「でも……、世の中には私が酷い目に遭ったように、蛹魔に苦しめられている人が大勢いるんですよね?」
「そういった人たちを助けたい、か? まあ、気持ちは分かるが……。実を言うと、蛹魔を討伐している組織は、僕たちだけじゃない」
「え?」
「大勢の大人たちが、日々夢の世界で戦っている。きみたち子供が無理して戦わなくとも大丈夫だ」
八尋と七海は顔を見合わせた。大勢の大人たちが戦っている……。そう言われてしまうと、確かに子供が出しゃばるようなことではないような気がする。
「でも……」
「高校生になったらまだおいで。じっくり話をしよう。ただ、夢の世界で敗北すると一時的に昏睡するから、学業に支障が出るし、親御さんも心配するだろう。長期休暇中に簡単な仕事を幾つか任せるくらいしかできないと思う」
七海は不服そうだった。こいつ、夢の世界でバリバリ戦うつもりだったのだろう。八尋はそんなことは御免だったが、一つ気になったので七海の代わりに質問した。
「でも、冬川さんは」
「ん?」
「冬川さんも、高校生くらいでしたよね。彼女はかなり頻繁に出撃している感じでしたけど」
「恵ちゃんは――」
槙野はそれきり言葉を切り、しばらく渋面を続けてから、嘆息した。
「――見たほうがいいだろう。こっちにおいで」
「え?」
「恵ちゃんなら奥の部屋にいる。会わせよう」
槙野がカウンター奥へと姿を消した。八尋と七海は顔を見合せてから、慌てて彼について行った。
店の奥は物置になっていて、ボトルやら何かの食材が入った箱が山積みになっていたりした。物置の奥には更に部屋があって、槙野がドアにノックした。
「入るよ、恵ちゃん」
返事はなかった。それでも槙野はドアを開く。八尋と七海は部屋の中を覗き込み、はっと息を呑んだ。
そこに冬川恵はいた。ただしベッドに横たわり、眠っているようだった。問題なのはその容貌だった。夢の中で会ったときとはかなり印象が違う。顔立ちには面影があるが、あのときより遥かに痩せ細り、頭髪もスカスカだった。顔色もかなり悪い。
「彼女は……」
八尋が震えた声を発すると、槙野は答え辛そうに言う。
「恵ちゃんは、二年前、そこの七海ちゃんと同じように蛹魔に襲われ、精神を食い荒らされた。助けが入って死は免れたが後遺症は残り、あれからずっとこんな感じだ」
「そんな……」
「元々は本当に可愛らしい子だったんだが。夢の中で戦うにつれて顔立ちも変わっていったな。常に思いつめているというか……、無理もないことだけどね」
八尋はじっと冬川の寝顔を見ていた。夢の中の世界の彼女と印象が違ったが、きっと蛹魔に襲われる前はあんな姿をしていたのだろう。目の前の彼女はあまりに非力で、直視するのにも勇気が要るような状態だった。
「……やっぱり」
七海が言う。
「蛹魔と戦いたい、です。人をこんな状態にするなんて」
槙野は頷いた。
「その気持ちは嬉しいよ。けどきみたちが戦うのは――」
「あのー」
八尋が手を挙げた。
「戦うのは無理でも、この店に出入りするのは別に構いませんよね?」
「ん? まあ、そりゃあ僕にそれを禁止する権限はないけど」
「だったら、僕たちに冬川さんの世話をさせてください。こんな状態だったら色々と手がかかるでしょう?」
「えっ?」
「僕たち、冬川さんに恩があるんです。このまま何もしないなんて耐えられません。それに、まだまだ槙野さんには聞きたい話もあるし」
おー、と七海が声を上げる。
「何よ八尋。さっきまで乗り気じゃなかったのに。でも良いアイデア!」
「おいおい。恵ちゃんの世話なら大丈夫だよ」
槙野は呆れた顔をしていたが、ふと物置のほうから音がした。双子は振り返った。
するとそこには両手にビニル袋を下げた女性が立っていた。長身で、腰まで伸ばした金髪と、カジュアルなジャケット姿にどこか野性味を感じる。
「いいじゃないか、信之輔。チビッコたちに世話をさせればいい」
槙野は居佇まいを正した。
「……先生。見舞いですか」
先生と呼ばれた女性は、薄笑いを浮かべながら部屋に入ってきた。
「チビッコたちに手伝ってもらえば、お前の負担も減るだろう。大学の単位の心配も軽減するわけだ」
「むしろ負担が増えそうな……」
「彼らが将来的にウチの戦力になってくれるのなら、ある程度アンク関連の訓練もやっておけば無駄がない。指導は冬川がやってくれるさ。いつもこいつは暇してるからな」
先生と呼ばれた女性は七海と八尋に向き直った。薄笑いを浮かべたその女性は少し屈んで双子と目線を合わせた。
「肆矢華凜という。可愛い名前だろう?」
「え、あ、はい」
肆矢はぽんぽんと八尋の頭を叩いた。
「戦闘時の映像を見たよ。なかなか良い動きをしていた。アンクも私好みだ。是非ウチに入ってくれると嬉しい。余所に引き抜かれるには惜しい人材だ」
余所……。こことは別に夢の中で戦う組織があることは槙野から聞いて知っていたが、もしアンクを使って戦うなら恩のあるここ以外には考えられなかった。就職活動じゃあるまいし、複数の団体を見て回って環境を吟味するなんてことはしない。
「心配しなくても、戦うとしたらここです。冬川さんには恩がありますし……」
八尋の言葉に肆矢は笑みを深くした。
「それを聞いて安心した。これからよろしく、八尋、七海」
双子はそれぞれ肆矢と軽く握手を交わした。槙野のほうを見ると彼は呆れ顔だった。
「やれやれ、僕に何人子守りさせるつもりなんだか……」
彼の呟きを聞いて、肆矢は爽やかに笑った。そして、これで機嫌を直せと言わんばかりに、ビニル袋の中に入っていたプリンを彼に投げ渡した。
「お前たちも食べるか? うちの大人連中はどいつもこいつも甘党でな、土産は甘いものと決まっているんだ」
「わっ、いただきまーす」
七海が何の遠慮もなくプリンを受け取った。八尋はさすがにそんな気分になれなかった。彼の頭の中を占めるのは夢の中での戦い、蛹魔の異形、そしてまだ見ぬ夢喰いの脅威だった。それに隣には、プリンを自力で食べることもできない冬川がいる。
「私もいただこうかしら」
八尋の背後で声がした。はっとして振り返ると、冬川が身を起こして手を差し出していた。
「え!? は!? こ、昏睡していたのでは?」
「昏睡? 誰がそんなことを言ったの」
いや、よくよく考えてみれば誰もそんなことは言っていない気がするが……。それに近いことは言われた気がする。冬川は咳き込んだ。
「家の中を歩くくらいはできるわよ。ちょっとしんどいけどね……」
「そうなんだ……」
「あなたたちもウチにくるのね。騒がしそうだけど、まあ我慢してあげる」
八尋はしばらく茫然としていた。てっきり冬川は夢の中でしか動けないと思っていた。とりあえず安心したが、それにしても騙されたような気がする。
「はい、プリン」
肆矢が差し出したプリンを八尋は素直に受け取った。これならもう遠慮する必要はないかもな……。でもそんなに甘いもの好きじゃないんだよなあ……。煎餅とかのほうが嬉しいかも。大の甘いもの好きである七海は美味しそうにプリンを食べている。いつもそうだ、環境は七海に味方するのだ。八尋は諦めてスプーンを受け取りプリンの蓋を開けた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
マイグラント所属名簿
代表 槙野信之輔 19歳
※固有アンク所有
顧問 肆矢華凜 27歳
※固有アンク所有
戦闘員 竜崎傑 42歳
※固有アンク所有
戦闘員 櫛引統也 17歳
※固有アンク所有
戦闘員 冬川恵 17歳
※固有アンク「熾剣フェニックス」
技師 国定未央 24歳
見習い 結城七海 15歳
見習い 結城八尋 15歳
※固有アンク「瞬剣マフリーズ」




