霊廟の中で
トビ村から出るときに、おじさんやおばさんから遊びはほどほどに、子供は早く帰ってこいと窘められる。頷いてはみたものの、マークスティンとナンシーは悪戯っ子のような顔をして話半分で聞き流していた。
「いい子でいるのも疲れるよな」
「あんたがいつ、いい子だったのよ」
「俺ぁいつもこんな感じだぜ。な、デイル~」
「そうだね、そしていつもおばさんとおじさんに怒られてるよね」
「そりゃないぜ、デイル。俺は屋敷では大人しい次男で通ってるってのによ」
木剣をぶんぶんと振り回していたら、柄が手からすっぽ抜けてしまった。マークスティンが慌てて取りに行くと、草むらの中からよだれを垂らしたオオカミが飛び出てきた。
「な、なぁ、このオオカミ腹空かせてるんじゃね? なんかないのかよ、ナンシー!」
「バカ言わないでよ。デイルママからもらったパンは、お家に置いてきちゃったもの……!」
「ば、ばかはナンシーだろっ! 相変わらず機転が利かないんだから」
「な、なんですってぇ……ひゃ、ひゃああっ、来たわ、来たわよっ! なんとかしてぇ!」
「「ぎゃああああっ!」」
マークスティンが襲われる――大きく開いたオオカミの口へ目掛けてデイルが木の剣をあてがうと、ガチガチと歯を立てて食らいついてきた。
「う、うああああっ……デ、デイルッ?」
「一旦、僕が振り払うから、その隙に霊廟へ行くぞ! イチ、ニの、サン――!」
横に振り払うと、オオカミの背が地面に強かにぶつけていた。脳震盪でも起こしたのか、四つん這いの身体はふらついている。
「よし、走れ!」
「「うん!」」
東の森まで目と鼻の先なのに、今はこんなに遠く見える。
三人は大急ぎで森まで走ると、霊廟の入り口までたどり着いた。
「止まれ! こらガキども、おめーら勝手に入ろうとしてんじゃない……って、マークスティンじゃないか!」
「カディ兄ちゃん、緊急事態だよ。ボク達、オオカミに襲われてるんだって」
「はぁ? オオカミだと?」
ザザザザッ! という草を踏み分けた複数の音に耳を傾けると仰天した。オオカミの数が先ほどよりも増えている。
「霊廟に入れるには許可書がないとダメなんだが……不測の事態だな。入れッ!」
「よっしゃ、さすがカディ兄ちゃん! 恩に着るよっ」
横扉を開いて素早く門を閉じると、オオカミから逃げ切ることに成功した。今までの危機的な状況から落ち着いたのか、三人は地面にへたり込んでしまう。
「はぁ、はぁ、あ、危なかった~!」
「死ぬかと、思ったわね……」
マークスティンの頭をわしゃわしゃとかき分けている、騎士鎧の男性にデイルは頭をペコリと下げた。
「カディさん、僕たちを入れてくれてありがとうございました。その、マークスティンのお兄さんですよね?」
「あぁ、カディウス・ホーク・フィルブランドだ。長いからカディと呼んでくれ。そっちは金髪がデイルと、赤毛がナンシーだろ?」
「あの、何で私たちのことを?」
「マークスティンが君らのことを楽しく話してくれるからさ。同年代で剣を振り回して遊んでるって、相手が農民の子だろ。さすがに俺だって気になる。あ、マークスティンの友達なら俺とも友達な。な」
名乗ったらもうお友達~と鼻歌を歌うカディウスに、ナンシーとデイルはぽかんとしつつも、霊廟の中を案内してもらう。ひんやりとしてるためか、少しだけ肌寒い。
「カディさん、この建物の中ってこんなに広いんですね」
「一応、歴代勇者たちが祀られているからな。そして、渦中のシャイニングソードまであるだろう?」
「あ……」
通路の奥から数人の男性達が落ち込んだ足取りで帰っていく。その姿を見たカディウスが、ため息を深くこぼしていた。
「毎日男どもが俺にも剣を触らせろって煩いんだ。
引き抜けなかった奴まで、再びやって来るんだよ。そしてさっぱり抜けないのな。霊廟を管理してるこっちの身にもなってほしいわけ! だから俺から、許可書を用意してからもっぺん来いと進言させてもらったんだ。それでも、冒険者やハンターが後を絶たない、難攻不落で有名なスポットになっちまったんだ」
「なんこう、ふらく?」
「待望の勇者殿が現れないんだよね! カディ兄ちゃん、勇者は俺だと思うんだよね! だからシャイニングソードを俺にも触らせてよっ!」
「おまえは、まだ、お子ちゃまなの! お前が勇者なら俺は超勇者っての! この、このっ」
ホーク兄弟で取っ組み合いしていると、小さな光の瞬きがチカリと見えた。あれがシャイニングソード。勇者が振るうには、少し錆びつきや黒ずみがが目立ち、刃の輝きも鈍い。
「しゃーない、やってみろ。引き抜けた奴が勇者だ」
「カディ兄ちゃんは?」
「お、俺は、後でいいから」
「わ、わかった。じゃぁ、行くぞ!」
「がんばれ、マークスティン!」
「おうっ」
腕に力を込めて精一杯引き抜こうとするが、抜けそうもない。
「どうだ、マーク」
「ぐぬぬぬ」
「無理っぽいよね。次はあたし!」
「ぶはぁ~~……こりゃテコでも動きやしねぇ!」
マークスティンがぜぇぜぇと肩で息をはいてナンシーと交代した。
「うぅぅぅぅっ!」
「無理するなよ、ナンシー。女のお前には無理だって」
「そ、そうなの? はぁぁ、もう疲れた!」
ナンシーが舌打ちしてシャイニングソードから離れた。そして次はデイルの番だ。さすがに胸の鼓動が高く鳴る。
「デイル! がんばって!」
「ほどほどに頑張れ~」
「デイルに取れるはずないんだって! なぁ、デイル?」
シャイニングソードの柄に触ると光が少しだけ強くなり、引き抜こうとするとスルスルと、糸を引っ張るような感覚がする。何かに例えるならば畑のイモを掘り起こして引っ張りぬこうとするのに近い。スル、スル、と引っ張ってほしいかのように剣が身を任せてきた。
「「「は……?」」」
「ぬ、抜けちゃった……」
シャイニングソードの輝きは最高潮に達する。
錆び付きや黒ずみがいっぺんに振り払われた。
黄金色に光を纏い、刃は白銀色と化す。
うっすらと暗かった部屋がぼんやりと光りだすと、霊廟で眠る歴戦の戦士たちの姿がおぼろげに見えた。どの戦士も屈強で眼差し強く、デイルの姿をみると目元を柔らかくしてくれた。
『次代の勇者の誕生だな。坊主の名は――?』
「デ、デイルです」
『はは、萎縮してる。まぁ、若いからしょうがないか。デイル、君はシャイニングソードに選ばれた勇者だ。誇って良い』
光が強く呼応する。
歴戦の主だった者に対する力の現れか。
『勇者は皆を守る先頭に立たねばならん。それでも挫けてしまった場合は、思い出すといい』
「え?」
『君が守りたい存在だよ』
「守りたい、もの――?」
『どんなに苦しくても、愛する者のことを思い出すといい。家族であり、友であり、仲間であるかもしれないし――はたまた、君が好きな人や、愛している存在のことだな』
鞘を受け取り、本当の意味でのシャイニングソードを承った。
勇者たちからの言葉は続く。
『次代の勇者の行く末を見守らせてもらう。君の結末は、君が見つけるんだ』
「え?」
『魔王が悪なのか、勇者が悪かもしれないだろう。先代勇者は悪に染まってしまった……』
「それっていったい……先代勇者って、この霊廟にはいないのですか?」
『奴の魂がこの地に入ってこれぬのは罰でもある。聖なるアークドラゴン達を全滅に追いやってしまった。これは報いだ』
「どうして……」
デイルの頬にそっと触れる。
しかし、実態が伴っていないので突き抜けてしまう。
『力に溺れないでくれ。これは、俺たちの願いだ』
『現魔王は歴代を凌ぐ強さを誇る。その魔王に先代勇者は死に追いやられた……幸か不幸か、それは俺達には判断がつかない』
『お前だけは、真実を見つめて欲しい』
『君だけの守りたいものを早く見つけなさい、強制ではないが鉄則だ。そうでないと、力に押しつぶされてしまう。いいね?』
デイルがこくりと頷くと、四人の勇者達は安心したように頬を緩ませた。
『願わくば、君に幸多からんことを』
『願わくば、友が多く増えることを』
『願わくば、真実を見極めんことを』
『願わくば、神羅万象から愛されんことを――』
霊廟から光が突き抜けた。
本当の意味での勇者誕生の瞬間は、ここにいる者だけではなく世界各地に知れ渡った。
「デイル、デイルッ?」
ナンシーの声で正気に戻ったデイルは、地面に崩れ落ちそうになった。
「大丈夫、ねぇ、デイルッ」
「うん、だいじょうぶ……マークスティン?」
「デイルが勇者だったのか! この、心配、させやがって!」
二人からもみくちゃにされながら、デイルはほっと安心した。自分が勇者なんてものになってしまったから、マークスティンから嫌悪されたらどうしようかと一瞬でも思ってしまったからである。
「喜んでくれてるところ悪いが、デイル、王都に報告に行くぞ」
「え、僕もですか?」
「当事者だろう! 当たり前だ!」
「デイルが行くならあたしも!」
「カディ兄ちゃん! 俺も行きてぇ!」
「だーーっ! 遠足じゃねぇんだぞ!」
ガシガシと頭をかいていると、降参してくれたようだ。
トビ村にいる伝書鳥に伝えて馬車を霊廟まで用意してもらった。
「うあーーっ、あたし馬車なんて生まれて初めて乗った!」
「カディ兄ぃ、ちょっとこれ豪華な馬車じゃね? ふかふかだ!」
「勇者を乗せるんだぞ。ホーク家とびきりの馬車を用意できなくてどうする! さぁデイルも乗って……お前ら、デイルを差し置いて先に座り込みやがって」
「「えへへ」」
「先が追いやられるな……ほら、窓から顔をのぞかせるなよ」
「え、カディ兄ちゃんは?」
「馬車の護衛も兼ねてるから、俺がそっちに座れるわけねーだろ。もういいから大人しくしとけ! じゃぁ、パド、あとを頼む!」
「霊廟はお任せください! 副隊長、王都まで道中お気をつけて!」
「あぁ!」
草原を駆け抜ける。
馬車の中でデイルはとんでもないことになったと、人知れず心が騒いでいた。
それでなくても騒がしい。
外ではなく心の中もだ。
外を飛び交う精霊達が、デイルに引っ切りなしに喋りかけてくる。
“風の力を借りたいときは言ってね~”
“イタズラしたいときでもい~よ~”
“言葉を届けることだってできるよ~”
“光の精霊には気を付けてね~、意外とイジワルなんだ~”
「光の精霊?」
「デイル、さっきから独り言いってるけど、何か聞こえるの?」
「う、ううん。なにも……」
馬車の中で爆睡するマークスティンを眺め見て、自分もひと眠りするかと瞼を閉じた。