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先見の妙 ―デイル編―


 先見の妙 ―デイル編―

 

 

 魔王と先代勇者の戦いから五〇〇年後。

 新たな魔王が頭角を現したころ、大陸は恐怖に震え上がった。


 岸壁が崩れ、当たり前にそびえ立っていた山々がいつの間にかぽっかりと穴が開くように消し去られ、旋回する鳥たちの異様な鳴き声に人々は戦慄した。

 濃い瘴気に魔獣達が勢いづき、名もない村々が被害に遭っては滅びて廃れていく。誰に縋れば良いのか、誰かが一声上げて騒ぎ出す。勇者はどこだと人々が躍起になって探せども、魔王と対等に渡り合えるはずの希望の存在は、いまだに現れてはいない。


 この頃から、武勲を上げて己が勇者だと名乗り出る豪気者達が後を絶たなくなっていた。国を治める王様はほとほと困り果てた。さて、誰が本物の勇者だと知りえることができようかと――


 史実を紐解くと、勇者しか真の力を発揮できないシャイニングソードの存在が浮き彫りとなる。先代勇者が魔王と戦い散り去った際にも、銀の刃だけが光り輝いたまま地面にひたりと落ちていた。


 五、六人でやっと持ち上がる稀代の神剣は、森の奥深くにひっそりと佇む霊廟にて収められることとなったが、今こそ力を借りる時かもしれない。地に突き刺さったシャイニングソードを、引き抜いた者こそ勇者にするとバルコニーから宣言した。

 国王の威厳に満ちた声が大気に響き渡ると部下や民衆の沸き立つ声が、乾きの王国を大きく賑わせることとなる。

 


***




「ナンシー、これ母さんから」

「ありがとう、デイル! デイルママのパンは美味しいから大好きなのよね」


 紙袋に入れられた焼きたてのパン達の、香ばしい匂いにナンシーの顔がゆるく笑む。つられてデイルも破顔した。


「なによ、デイル……」

「いや、すっごく嬉しそうだなって」

「どうせ食いしん坊だなって思ったんでしょ。いーもん、デイルママは喜んでくれるんだから!」


 上目づかいに睨み付けてくるナンシーがおかしくて、くすくす笑い続けると頭に衝撃が走った。脳みそは揺れ動き、目の前がチカチカして星が飛び出そうだ。


「痛いなぁ」

「デイルが笑うからでしょ!」


 この細腕のどこに馬鹿力があるのか。

 デイルは目を細めてじっと見つめると、顔を赤くしたナンシーと目が合った。


「なによ」

「凄い力だなと思って」


 殴ってきた右手をさっと後ろ手に隠してモジモジするナンシーを置いて、デイルは篭を引っ提げて丘の方へと向かう。


「ちょっとデイル、どこ行くの」

「マークスティンと剣の練習するって約束だったから」

「貴族の子と遊ぶの? デイル大丈夫?」

「うん、ぜんぜんだいじょうぶ」


 同年代の友達と遊ぶのが楽しくて、農作業が終わってからは専らマークスティンと剣士の真似事をしていた。いわゆる悪友でもあるけれど、貴族のくせに偉ぶっていないところがまた面白い。農民風情のデイルと遊ぶなんて奇特な奴だと最初は警戒していたものの、今では一番の親友となっていた。


 くす、と思い出し笑いをしていると、ナンシーが掴みかかってくる。


「あたしも! あたしも連れてって!」

「木剣で打ち合いするだけだから、見てても面白くないよ?」

「パンを家に置いてくるから、待ってて。すぐ行くから!」


 幼馴染のうしろ姿を見ながら、デイルはそよ風に身を任せていた。とても清々しいのに、とても懐かしくて切なくて。どうしようもないこの感情を忘れたくて、体を動かしていないと感情が昂ってしまう。そんなことナンシーにもマークスティンにも言えなくて、胸の内にひそめていた。


「お待たせ、デイル!」

「ナンシー、その恰好……」

「あたしも混ぜてよ! 仲間外れはないんじゃない? ね?」


 父譲りらしい武闘服に着替えて、ナンシーは走ってやってきた。黒くて硬いグローブに、メリケンサックが食い込んでいる。これに当たると痛そうだなと感じながらも、二人は丘への道を歩いていった。


 石造りのレンガの上に座っていた少年が、手を振りながら声をかけてくる。


「待ってたぜ、デイル! あ、ナンシーまで誘ったのか!」

「俺は誘ってないけど」

「あたしに内緒で遊ぶなんてつれないじゃない。混ぜてよ」


 拳に力を入れて仁王立ちする彼女に、デイルもマークスティンも口を引き攣らせて一つ頷いた。


「ま、まずは俺とデイルで打ち合いするから、ナンシーはその後でな」

「え~、乱戦は得意よ?」

「俺らが危険なの! ナンシーは座ってて!」


 マークスティンが嫌がるナンシーの背を押して、大木の幹の上に座らせた。

 ここなら彼女に害が及ばない。


 草を踏み鳴らしたマークスティンが、デイルに相対した。

 


「邪魔が入ったけど、まずは肩慣らしといこうか」

「あぁ。さっそくだけど俺からいかせてもらおうかな」

「来な。軽く相手してやる」


 片手で招き寄せる合図を皮切りに、木剣での打ち合いが始まった。お互いどちらも譲らない、相手の意表をついて叩きつける、マークスティンを転ばせて地面に木剣を突き刺していくなど、本気の度合いが見て取れた。


 荒い息遣いが聴こえる頃、マークスティンはデイルに話を切り出す。



「東の森に霊廟があるだろっ」

「あぁっ、先代勇者の眠る墓地だよなっ!」


 ガンッ! と二対の木剣がぶつかり合う。


「俺達、そこに行ってみないかっ?」 

「えぇっ、何しに?」


 デイルは攻撃の態勢を解いて、マークスティンに聞き返した。


「先代勇者の剣をもらいに行く。勇者は俺かもしれないだろ?」

「はぁ?」

「未だに勇者が現れないって、国中が騒いでるんだぞ。お前のとこの村にだって噂くらい聞くだろう」


 辺鄙な村にやってくる旅人から齎される噂話が、子供達の心をどれだけ浮きだたせたか分からない。デイルだってそのうちの一人だった。


「噂は……聞いてるけど」

「なら行くっきゃないだろ。俺は行くぜ! デイルも来いよ」


 出会った頃のマークスティンを思い出す。

 あの頃も強引に手を引っ張られて、街や村を引きずり回された。


 小奇麗な服を着た貴族に嫌悪を現すべきなのか、それともおべっかを使って喜ばせた方が得策なのか。子供だったデイルに駆け引きができるはずもなく、素のままで彼の手を握っていたと記憶する。そんなマークスティンとの出会いがなければ今の自分はいない。



「な、お前も来いよ」


 

 たまに訪れる切なくて懐かしいこの気持ちを忘れることができるならば――



「うん。行くよ。先代勇者の霊廟とやらに」



 何かが変わるキッカケとなればいい。

 そんな軽い気持ちでマークスティンの手を握っていた。









洞窟パラドックス、デイルの昔話です。増えるかどうかわかりません

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