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5話後編「5月15日、金曜日、午後」



小さな豆知識その9


白澤 美海は、休日に時折ゲーセンへ行く。





 




 12時半。バスは事故を起こすことも、渋滞に巻き込まれることもなく、予定通りの時刻に遊園地に到着した。


 私達はここでバスから降りたけれど、バスはこのままホテルへ向かい、大きな荷物を下ろす。一泊とはいえ、宿泊用の荷物を持って遊園地は無理だ。


「さて、一応最後に確認だが……」


 隣のクラスの担任が最終確認として、注意やら時間をおさらいしていた。5時半にこの場所に集合……ね。私はそれだけ再確認して、グループを見守ることにした。


 高校生というのは、エネルギーをもて余している。体力もあり、何をするにしても真剣に取り組めば大きな成長も見込める時期。しかし、学生であるがゆえ、毎日授業を受けなくてはならない。


 勉強が楽しく、学力を伸ばしたいと思える生徒なら授業も楽しかろう。けれど、大抵はそうではない。毎日何時間も繰り返される興味のない話に飽きてくる。そこにエネルギーを使おうとは思わないのだ。


 だから、高校生は遊ぶことに関しては一流。行き過ぎた遊び方をする事が多いのもこの頃で、エネルギーを遊びに全力で傾けてしまいがちなものなのだ。後先考えず、あるいは、理性が感情に負けて。


(警察沙汰は困るものね)


 遊園地だから、一般客もいる。私の目の届く範囲だけでもそれは阻止しなくては。別に学校の名前に傷が、なんて言うつもりはない。何かあったら、後味悪いじゃない?それだけよ。






「ねえねえ、あれ乗ろうよ!」

「行く?行っちゃう?」

「さんせーい!」


 私を含めた女子5人のグループは、率直に言ってうるさい。アトラクションの音に消されないよう、自然と大声になるから。


「「「「かなで様、よろしいでしょうか?」」」」

「……いいんじゃないかしら」

「許可が降りたー!行こ行こー!」


 ……それから、このノリ。さっき、


「奏ちゃんって、実はお金持ちの娘なんでしょー!」

「マジ?じゃあ敬わないと!」


 なんてことがあってから、おかしな敬われ方をしている。こうなると、私のことはお構い無し。本人達が飽きるまで続けられ、飽きると途端に冷める。……適当に付き合ってあげましょう。


 それから私達は、おばけ屋敷だの、ジェットコースターだの、メリーゴーランドだの、やたら高いチュロスだの、遊園地を満喫した。


 私も楽しかった。楽しかったのだけれど、気になることがあった。それは、他の女の子達の反応。


 私はおばけ屋敷で、


「……奏ちゃん、リアクション薄い」


 と言われ、ジェットコースターから降りた時は、


「……奏ちゃん、リアクション薄い」


 と言われ、メリーゴーランドでも、


「……奏ちゃんリアクション薄い」


 と言われた。チュロスは人生初だったから先手を打って、


「美味しいわね、これ」


 と言ったら歓声が上がった。私は、ようやく彼女達の満足いくリアクションに成功したことに安心した。


「砂糖と小麦粉の揚げ菓子ね。まぶしてあるのは……シナモンね、子どもや男性よりは女性向けに作ってあるわね。食感以外はドーナツに近い感じかしら。けれど、この形ならドーナツと比べて少しずつ食べることに適してるし、持ち歩くのも楽よね」


 私は初めてチュロスを食べたから、イマイチ解らなかった。だから、解らなそうな反応をしてみたのだけれど。


「……奏ちゃん、リアクション変」


 と、言われてしまった。彼女達によれば、JK(女子高生)なんだから「美味しい!ドーナツみたい!あ、星形だ可愛いー!」で良かった、とのこと。……私には、JKは難しそうだった。






【5月15日金曜日午後 SIDE 美海】






 あたしは、空野そらのさんに話したいことや言いたいことがいくつかあった。シミュレーションもした。……だから、大丈夫。自分に言い聞かせて、話し始める。


「まずは、ごめんなさい。知らなかったとはいえ、あなたを泣かせてしまったこと。本当にごめんなさい」


 あたしは、立って頭を下げた。くどいから、この件であたしから謝るのはこれが最後のつもり。


「……顔を上げて下さい。あたしも、もう大丈夫ですから」


 許しを得てから、あたしは顔を上げた。これであの件のことは言いっこなし。もうあたしは気にしない。それは、許してくれた空野さんに失礼だから。


「それに、あたしからもごめんなさい。あたしが過剰な反応しちゃったから、傷付けてしまって……本当にごめんなさい」


 今度は彼女が、頭を下げた。あたしはもちろん許す。これで、わだかまり?は無いよね!スッキリした!


「……じゃあ、ここからはあたしも本気でいくね……!」

「ほ、本気……?」

「空野さん、あたしね、歳の近い友達にはよくアダ名付けるの!空野さんはどうしようかな?あ、あたしに対してもタメ口で良いよ!カナちゃんにもそんな感じだって聞いたし!なんか空野さん同い年くらいな感じするし!空、あ、クーちゃん、クーちゃんにしよう!ね、どうかな?」


 あたしは、もう嬉しくて仕方なかった。今でも連絡を取るような友達は少ないし、なによりカナちゃんも気に入った子と友達になれる。歳も近い。


 大体、カナちゃんは年齢の割に大人っぽすぎるんだよ。あれで同い年なんて詐欺だ。


 あたし達は、会話をした。……8:2くらいの比率であたしが喋ってた気はするけど。クーちゃんは人の話を聞くのが上手かった。相づちを打ちながら聞いてくれるだけじゃなくて、話題を広げてくれた。


 あまりに上手だから、あたしは夢中になって話していた。お風呂の時間だったことに、気付かないくらい。






「広いお風呂……!」

「でしょ?泳げるよ」


 あたし達は、2人でお風呂に入ることにした。そして、上がる頃には晩ごはんの時間だ。あたし達は並んで座り、髪を洗い始めた。


「ごめんね、なんかあたしばっか喋っちゃってて」

「いいんです、お話聞くの好きですから」


 クーちゃんは結局、丁寧語で話すらしい。カナちゃんにはタメ口っぽく話すのに。あたしにタメ口、カナちゃんには丁寧語、という人はいるけど逆は珍しいなあ。


「クーちゃんのことも、何か聞かせてよ……あ!話したくないことはいいんだからね?無理に聞かないよ」

「ふふっ……ありがとうございます」


 ……ん?今なんで笑ったの?よく解らなかったけど、クーちゃんが話し始めたから訊くのはやめた。


「そうですね……あたしが、奏さんのことをお姉ちゃん、って呼んでるのは知ってますか?」

「あ、うん。カナちゃんがそんなこと言ってた。なんでなの?」

「……あたし、この4月にお姉ちゃんと出会ってから、人生が変わったんです」

「それはまた……」


 大きな話だ。あたしは素直にそう思った。カナちゃんは昔から大人っぽかったから、よく相談を受けていた。この子もそんな感じなのだろうか。


「誰も信じられなくて、不安で、怖くて、でも頼れる人もいなくて……でもお姉ちゃんは、あたしがまた人を信じられるように、信じてみよう、って思えるようにしてくれたんです」


 人間不信、っていうのかな。こういうの。あたしには経験がないから「誰も信じられない」なんて感覚はさっぱり解らない。解らないから共感は出来なかったけど、バカにしたり、からかったりも出来なかった。


「……あれ?でもなんでお姉ちゃんなの?」


 髪を洗い終えたあたしは頭をお湯で流して、訊いた。あたし的にはそこがまだ繋がらない。別に普通に「奏さん」とかで良かったんじゃないの?


「……この人と仲良くなりたい。そう思うのと同時に、「ずっとこの人のそばにいたいな」って思ったんです」

「それって……」

「そう思ったら、お姉ちゃん、って呼ぶのがあたしの中でしっくりきたんです」


 クーちゃんの中では、永く一緒にいたいイコール家族、って繋がったんだ。それで、お姉ちゃん。当たり前だけど、あたしとは違った感性だった。


 あたし達は湯船に浸かって続きを話す。


「あの、さ。まだあたしのこと、怖いかな」

「そんなことないです。けど……」

「けど?」

「……あたしの中には、人が怖い、って感覚が残ってるんです」


 いくらカナちゃんでも、人間不信を1ヶ月そこらで治せるはずがない。これは、トラウマってやつだ。冗談では済まない、本気のやつ。ボカした言い方をしてたけど、多分この子の過去は見るに堪えない悲惨なものだ。


「ですから……美海さんは怖くなくても、その……なんていうか……」


 クーちゃんは、なんて言っていいのか解らないみたいだった。あたしも理解しようと必死に考えた。


「あたし個人は怖くないんだよね?」

「はい。接しやすいです」


 ……先にそれを確認しておいて、安心しようとしている自分を自覚した。自分に嫌悪感を覚えた。


「でも、クーちゃんには「他人は怖い存在だ」っていう傷が残ってる。だから、傷に触れられてしまうと、相手が誰であってもパニックになっちゃう……ってことかな?」

「そんな感じ……です」


 おおよそのことは解った……と思う。多分この間のあれ(・・)もそういうことだったんだ。あたしは「ごめんね」と言いかけて、やめた。あの件はもう済んだんだもん。言っちゃいけない。


「あたし、気を付けるからさ。嫌な部分があったら言ってね」

「……ありがとうございます」

「なんか、ごめんね?嫌なこと思い出させちゃったね」

「いえ、いいんです。あんまり気にされると、あたしも困っちゃいますから」


 なんとなく、重い空気。どーしよ、どーしよ。この話はここで終わったんだから、何か楽しい話題にしなきゃ。えーと、えーと。


 ……ふと。気付いてしまった。クーちゃん……!


浮く(・・)んだ……!」


 どこがとは言わない。きっとあたしは負けを認めることになるから。あたしは手を伸ばし、それ(・・)を直に触って確かめる。


「ひゃっ!ちょっ、やめてくださ、あっ!」

「なんという……カナちゃんより……上だ!」


 大きさ、張り、弾力。全てが上。なんかもう、奇跡だった。意識的に自分のは見ない。今は、目の前のそれに集中する。今は自分のは見ない!


「何食べたらこんなに育つの?」

「ゃんっ、そんな、特別なことは、何もひぁんっ!」


 というか、この子の反応がいけない。こんなにそそる反応をされちゃうとこう、「ぐへへ、可愛がってやるぜお嬢ちゃん」みたいな気分になる。そして今、きっとそれは再現出来る。


「……じゃあ、ここからはあたしも本気でいくね……!」

「えっ、ゃ、ぁっ、だめええぇぇ!」


「らめ」じゃなくて「だめ」だったから大丈夫。まだ大丈夫。そう判断して続けたあたしは、クーちゃんの悲鳴に駆け付けたメイド長にめちゃくちゃ怒られた。






【5月15日金曜日午後 SIDE 奏】




 私は、遊園地で単独行動をとっていた。


 時刻は午後5時。さっき、少し早いが今からアトラクションは無理だから、バスに戻ろうということで話がまとまった。


 が、私は「忘れ物をしたから先に戻ってて」と伝え、用事を済ませに来た。こんなとこでこんなことする羽目になるなんてね。


 日が傾き始めた遊園地。その敷地の隅。暗くて誰も気付かないような、茂みのかげ。私はそこに「それ」を見付け、追うようにここへ向かったのだった。1人で。


 身を潜め、物陰から目的の場所の様子を窺う。そこには、スーツの男が3人。2人と1人の会話、といった構図だった。


「こ、これで良いんだろう?」

「そうだ。あとは明日、お前が実行に移せばおしまいだ」


 私が見付けたのは怪しげな男達。それを追ってみれば、聞こえてきたのは何かの計画。それを明日、1人側の男が実行させる手筈てはずらしいことは解った。私はもう少し情報を得るため、息を潜める。


「わ、わかってる……それで、報酬は」

「終わってからだ。ちゃんと手筈通りにやれよ?」

「くくっ、楽しみだな。明日はでっけえ花火が見れるぜ」


 花火、花火ねえ……。まさか普通の花火ではないはず。こいつらが言ってるのは恐らく、私にも関係のある話だ。


「7箇所で、間違いないんだな?」

「ああそうだ。観覧車、ジェットコースター、正門、西側のトイレ、北側のパレード街道。それからあのホテルだ」

「そこを、明け方爆破するように設定した。……これで、いいんだよな?」

「間違いない。じゃあ、あとは無事爆発するよう祈るだけだ。成功したらいつものとこに振り込んどいてやるよ。じゃあな」


 爆破。テロ組織か、あるいはどこかライバル企業か何かの手の者か。いずれにしても、私が知った以上は放っておくわけにはいかない。


「待ちなさい」


 私は物陰から出て、この場を去ろうとする男達に声を掛けた。逃がさないように。私達の距離は、およそ10メートル。声が聞こえる距離だもの。至近に決まっている。


「なんだい嬢ちゃん、今の話聞いてたのか?」

「聞いてたわ」

「それで、もちろん誰にも言わないよな?」


 2人組の方の男達が歩いてくる。もう1人は走り去っていった。


「…………」

「なんだ、だんまりか?威勢よく出てきといて、怖くなっちまったのか」

「なんだよ、いい女じゃねえか。俺達が可愛がってやろうか」


 可愛がるなんてものじゃない。捕まったら私は死ぬ。可愛がるなんて、殺す前に犯すという意味に過ぎない。彼らとの距離は既に手の届く距離。私は、男達に覆い被さられるように押し倒される。


  男達は、私の身体を舐め回すように見ていた。……気分が悪いものね。普通の女子高生だったら助けを求める為の悲鳴も上がらないでしょう。残念ながら私にはそんな可愛いげはないけれど。


「……爆破は本当に7箇所?」

「ああ、そうだぜ。だから嬢ちゃんも今夜の内に家に帰った方がいい」

「……あとは任せたわ」

「「あぁ?」」


 私の指示と同時、男達の背後から民間人の装いをした男が4人現れ、抵抗を許さず取り押さえた。一瞬の出来事に、2人組の男達は訳もわからず喚いている。


「なんだてめえら!放せ!殺すぞ!」

「くそっ、なんだ、なんなんだ!」

「教えてあげるわ」


 私は立ち上がり、地に伏せる男達を見下ろす。服が汚れちゃったわ。結構気に入ってたのに。関節を押さえられている彼らは動けない。彼らを押さえているのは、訓練を受けたエージェントだもの。


「その人達は、私の部下。……私の息がかかってる、と言った方が正確かしら?」

「部下だぁ?」

「貴方達、運が悪かったのよ。今日、私がここにいなければ、ただこの人達に捕まるだけで済んだのだけれど」


 男達に、麻酔が打たれる。意識を失いそうになっている彼らに、私は最後に伝えておいた。




「はしゃぎすぎたわね。モルモットとして可愛がってもらうといいわ」




 意識を失った男達は、縛られて3人がかりで運ばれていった。私は、その場に残った1人に指示を出す。


「……さっきの会話、聞こえてたわね?処理は任せたわ。確実にね」

「はっ。……奏様、この件はどうなさいますか」

「私は高校生よ?そして明日も学校行事なの、解るでしょ?」

「かしこまりました」


 彼も立ち去り、私は1人残された。時計を見ると、5時15分を示していた。今からまっすぐ戻れば、十分間に合いそうね。


 私は携帯を取り出し、先に行かせた女子グループに電話をかけた。忘れ物は見付かった。心配いらないわ、時間には戻れるから。




浅海あさみ かなでは、意思を持たない』




 5月15日の夜も、翌朝も、その次の日も、遊園地で爆破テロが未然に防がれたことは報道されなかったし、ホテルに宿泊していた客にも伝えられなかった。従業員も知らなかったであろう。


「3人の男」と、「1つの非合法組織」が、誰にも知られることなく、一晩の間に、存在を闇に葬られただけ。元々存在しなかったことになっているのだから、何も報じられないのは当たり前だった。




 だから、5月15日、金曜日は、「何事もなく」「平和」に過ぎていった。




 空と海が二重奏を歌うのは、まだ少し先のことだ。







小さな豆知識その10


「……っ!くっ……」

「がんばれ奏ちゃん!あとちょっと!」

「生徒会長の意地を見せて!」

「……っ!~~~~っ!……はぁ……はぁ……」

「やったー!おめでとー!コーラフロート完飲!」

「奏様を称えろー!ばんざーい!」

「「「「ばんざーい!ばんざーい!ばんざーい!」」」」

(なんなのこれ……)






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