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5話前編「5月15日、金曜日、午前」



小さな豆知識その7


作者的には読みやすさ、手軽さを重視したいので、多くても1話7000文字くらいに納めたい。


……今回が前編なのはそのせい。でも読者さんには内緒。





 



 5月に入った。私達は3年生で、進路のことを考えるだけでなく、早ければそろそろ行動を起こす時期。


(遅い子は本当に遅くに決めるから、まちまちなんでしょうけどね)


 きっと今年は、そういう相談が来る。多分11月くらいかしらね。知らないわよ他人の進路なんて。とは思うものの、結局なんとかしてしまう。最後に判断するのは本人だから、別に難しいことじゃないけど。


 やりたいことがないから、進路が決まらない。けれど、「じゃあこの底辺校でいいじゃない」と言うとそれは嫌だと言う。高校生はわがままなものよ、時代にもよるんでしょうけどね。


 そういう子達と話をする時は、一般論で諭すとかは通用しない。彼らにしてみればそれは散々言われてきたことだし、自分の中でもそれが正論だとは解ってる。でも何か納得いかない。


 その何か、を聞いてあげること。上手く道を決められないというのは、やりたいことが無いけど悩んでいるってこと。やりたいことを、見つけようとしていることに他ならない。


「その辺の大学でも行けば?」と言った時に渋るというのは、案外良い傾向じゃないかしら。あくまで私の個人的な考え方だけれどね。


「……悩んでいるのに、話を適当に流されたら悲しいわよね……」

「え?会長?なんですか?」

「いいえ、なんでもないわ」


 最後に思ったことを口に出していたらしい。隣の座席・・に座る鹿野かの君に聞かれてしまった。暇だからってぼんやりしてたわ。いけないいけない。


 座席。旅行用の大型バスの座席。私達3年生は、進路を決める大事な時期に、「遠足」に来ていた。






 話は少し遡る。4月23日、木曜日。その日の1限は学年集会が割り振られていた。何も知らない私達は、講堂に集められた。学年全体で、4クラスおよそ120人。


 私は、学校外部の人間を招いて講義を聞く、とかそんなことを想像していた。だから、この予想は大きく外れることになる。壇上には、中年の男性学年主任。


「えー、おはようございます。今日集まってもらったのは、5月15日についてのお話があるからです」


 ゴールデンウィーク明けだ。何かあったかしら?去年の3年も、特にこの時期に何かイベントは無かったと記憶している。


「5月15日、1泊2日で社会見学に行きます」


 講堂がどよめいた。遠足?去年の3年行ってたっけ?大事な時期になんで?そんな雰囲気だ。「社会見学」と銘打たれるものは、大抵「遠足」でも間違いない。


「静かに。……今は、進路を決める大事な時期です。不安に思っている人も多いことでしょう」


 学年主任の言葉を、全員が黙って聞く。


「だからこそ、春先の今、高校生としての楽しい時間を過ごして欲しいのです」


 体育祭だとか、文化祭だとか、「高校生らしい」イベント自体はまだ残っている。だからこれは、先生方の厚意だろう。私にはそう思えた。


「大きな費用はかかりません。急な話ですからね。それから、参加も自由です。不参加の人は授業を受けに学校に来てもらいますが」


 学校側が費用を負担するとのことだけれど、そんなお金がどこから捻出されるのか少し気になった。


 もっとも、そんなことを気にしてるのは私だけだったみたいで、講堂の空気は色めき立っていたけれど。


「では、これから各クラスに戻って、詳細の説明と、班分けをしてもらいます。以上」


 その後クラスに戻り、行き先や注意を聞いたり、しおりをもらったり、宿泊先の部屋割りを決めたりした。その日は結局、それだけで午前の授業を丸ごと消費した。


 15日といえば金曜日。土曜日に食い込む日程だけれど、当然のように、全員が参加を希望していた。






 そして、今に至る。行き先は一応は最寄りの大型遊園地。全国的に有名なところだ。泊まりがけで遊べるよう、すぐ隣に専用のホテルもあるようなところ。……行き先を指摘されたら、社会見学なんて建前は通用しない。


 午前中はほぼ移動、バスが宿泊先に着いたら外で行動する班に分かれ、あらかじめそれぞれの班が決めたルートで回る。大体そんな予定だ。平日でも人が多いのが人気遊園地というもの。ましてや金曜土曜だ。予定をずらしたり諦めたりしないといけないこともあるだろう。


 今日は、下級生も外部の人間を呼んでの講義を受け、それが終わる昼前くらいには帰れるらしい。引率で何人か着いてきているから教員が足りないとか、そんなところでしょう。


 今はまだ、バスの中。バスガイドが流行りのJ-POPを流して盛り上げるのに合わせたのか、はたまた素で楽しんでいるのか、車内は大盛り上がりだった。


「…………」


 私はそういうタイプではないから、後ろの方で大人しく外を眺めていた。


「会長、楽しくないですか?」

「いえ、そんなことはないわ」


 つまらないから憮然ぶぜんとしている、というわけじゃない。そこの遊園地に行ったことは無いし、楽しみではある。けれど、今のこの空気と一緒になるのは遠慮したい。


「まあ、ちょっと混ざりにくいですよね、この感じ」


 鹿野君も大体似たようなものらしかった。彼は元が大人しい方だし、こういうノリに混ざると間違いなく飲み込まれる。


「そうだ会長、これ、食べます?」


 鹿野君が取り出したのは、チョコビスケット。コンビニや百均にあるような、お手軽なものだ。


「あっ、すみません。会長にこういうのは、失礼でしたよね……」


 しかし鹿野君は引っ込めてしまう。私、それ結構好きなのだけれど。……もしかしたら、鹿野君は私が安物を嫌いとか思っているのかもしれない。それはいけない。正さなくては。


「鹿野君、私のこと金持ちのいけすかない女だと思ってないかしら」

「え!いや、そんなことないです!会長は素敵な人です!」

「私はね、コンビニって好きなのよ」

「……珍しいから、ですか?」


 駅も近い街に住んでいるから、コンビニくらい近所にたくさんある。数的には珍しくもなんともない。


「違うわ。高級品より、身近な所で手に入るものの方が口に合うのよ」

「へー……意外です」

「さっきの、頂いてもいいかしら?」

「はい!」


 私はその後、鹿野君の誤解をたくさん解いた。2年も一緒にいて、何故そんなに誤解が生じるのかわからないくらい多くの誤解を、彼はしていた。けれどそのおかげで、私はバスの中で退屈しなかった。


 ……なんで私、鹿野君にレズだと思われてたのかしら……。






【5月15日午前 SIDE 美海】




 今日は、オフだった。基本的に休日は週に1日。メイド長ったら、普段ちょー厳しいんだからもう少し休日をくれてもいいと思う。有給とか。


 そして、あたしは今日、友達を家に招いている。12時に来るって行ってたけど、もうすぐ来る頃かな、あ、でもまだ30分あるなー、まだかなまだかな、なんてちょっと落ち着かない。


 ソワソワうろうろしていたあたしに、メイド長が貫禄のある歩みで寄ってきた。むむっ、今日はオフだから、言うことは聞いてあげないんだからね。


美海みうみさん、お友達が見えましたよ」

「ホント!?私がお出迎えする!メイド長ありがとー!」

「お休みだからといって、もう少しお淑やかになさい!……まったく」


 あたしは、走って玄関へ向かった。そのままの勢いでドアを……っとと、今日はドアはゆっくり開けないとね。勢いを殺してから、ドアを開ける。


「こんにちは」

「いらっしゃい!とりあえず、入って入って」

「おじゃまします」


 今日は、空野そらの 歌撫かなでちゃんを家に呼んでいた。






 話は少し遡る。5月2日、土曜日。その夜のことだった。


 あたしは、いつもと同じようにカナちゃんの部屋へ向かった。あの日(・・・)以来、カナちゃんの部屋に飛び込むのはやめた。やめた、っていうか、出来なくなった。……そんなつもりは無いけど、心のどこかでまだ気にしてるのかも。


「カナちゃん、入るよ?」

「どうぞ」


 返事を待って、静かに戸を開ける。カナちゃんは読書をしていたのを、あたしが来たことで中断したみたいだった。


「……ふふっ」

「な、なに?」


 あたしが入るなり、カナちゃんは小さく笑った。なに、あ、もしかして、あたしお弁当付けてた?あたしは顔をぺたぺた触って確認する。


「大丈夫よ、食べ物は付いてないわ」

「なあんだ……じゃあなんで笑ってたの?」

「大人しくなったわね、と思ったのよ」

「だって……」

「でも、結局ノックはしないところが美海らしいわね。……微妙に失礼なところが特に」

「あ、ひど!」

「事実よ」


 それこそ失礼な!カナちゃんはたまにあたしに意地悪をする。あたしのことを……えっと、ほら……あの…………そう!バカだと思ってるんだ、きっと!


「それよりも、立ってないで座ったら?」

「え?あ、うん」


 あたしは、お気に入りのカナちゃんのベッドに座る。物自体は量販店で買ってきたものだから大した品じゃないけど、そーゆーことじゃないんだよね。


 あたしは今日、カナちゃんにお願いしたいことがある。……ちょっぴり、緊張するなあ。あたしは少し息を整えて、言う。


「あのね、あたしやっぱりあの子に謝りたいの」

「あ、そうだわ」

「えっ」

「ごめんなさい、すぐに電話しないと」


 カナちゃんはあたしの話の腰をいきなり折った。せっかく話し始められたのに……もう!何やら携帯を取り出して、電話をかけ始めた。あたしは、電話が終わるのを足をぶらぶらさせながら待った。


「もしもし?今時間大丈夫かしら?……そう。それは良かったわ。……ごめんなさい、少し待ってくれる?……はい」

「……はい?」


 カナちゃんは、携帯をあたしに差し出した。え、なに?あたしに替われってこと?あたしは意味もわからず受け取り、話してみる。


「もしもし、お電話替わりました」

『……へっ?』


 相手が驚いていた。女の子?あたしはカナちゃんに抗議の目線を……あっ、読書に戻ってる!なんなの!?


「……わたくし白澤しらさわ 美海みうみと申します」

『美海……さん?えっ、えぇっ!?』


 完全にカナちゃんの策略だった。きっと、あたしと電話の相手を同時に手玉に取ったんだ。何も伝えないで、急に話させるという形で。こーゆー時の悪い笑い方……そうだ、ほくそ笑んでるに違いない。


 あたしは、相手が誰か解らないから、メイドモードで会話を進める。あたしこれ疲れるから嫌いなのにー。


「お嬢様のお知り合いとお見受けしますが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

『えっと、ワタクシ、空野 歌撫と申しますでございます……』


 ……え?空野 歌撫って、この間来た、あたしが泣かしちゃった子じゃん!あたしはカナちゃんに抗議の目線を……笑うな!本で顔だけ隠してコッソリ笑うな!隠す気無いくせに!肩震えてるから!


あたしは口調を丁寧語にする。空野さんがあたしにつられてめちゃくちゃな口調になってたから。


「えっと、空野……さん、あたし、この間あなたを泣かせてしまった者……なんです」

『はい、おね……かなでさんから聞いています。……あの時はごめんなさい』

「そんな!悪いのはあたしの方です!怖がらせてしまって、ごめんなさい」


 あたしと空野さんは、互いに謝った。……少しの沈黙。急に電話で繋がっても何を話していいか解らなかった。あ、そうだ!


「空野さん、今度お詫びをさせてほしいんです」

『えっ、そんな、悪いですよ!』

「…………じゃあ、あたしの家に遊びに来てくれませんか?」

『遊びに……?』


 ……まあ、彼女はついこの間ここに遊びに来たんだけど。その時とはちょっとだけ意味は違う、はず。……恥ずかしいけど、ちゃんと言おう。


「あたし……あたしも、空野さんと……仲良く、なりたいんです……」

『……あたしも、ぜひ。そうだ、今度学校が早く終わる日があるんです。その日、お泊まりで遊びに行っても?』

「もちろん!何日ですか?」

『ちょっと待ってて下さいね……えーと……』


 今回は怖がらせることもなく、ちゃんと話すことが出来た。あたしは、なんだかすんなり行き過ぎたのが逆に怖かった。確かに謝りたいと思ってたからこの展開は、渡りに船?ってやつなんだけど。


 カナちゃんはいつの間にか読書をやめていて、あたしの頭を撫で始めた。あたしは、空野さんが電話を保留にしないまま予定を確認しに行ったから、喋るわけにはいかない。


 こんなやり方して、あたしがまた泣かしちゃったらどうするつもりだったの!?すごく怖かったんだから!……頭がいいカナちゃんのことだ、今も心の中でちょっとからかってるに違いない。


 カナちゃんはあたしの頭を撫でながら、「えらい、えらい」と口パクで言ってきた。…………ま、まあ。今回は上手くいったわけだし?カナちゃんが仲介してくれなきゃ話せないわけだし?仕方ないから今回は許してあげる。


 あたしと空野さんはこの後も少しだけ電話でお話しした。気を付けて話せば、怖がらせることは無いことも解った。


(ありがとう、カナちゃん)






そんなことがあって、あたし達は遊ぶ約束をし、今に至る。


あたしは空野さんを、とりあえずあたしの部屋に通す。約束をした日から毎日少しずつ片付けたから綺麗だもんね。……カナちゃんの部屋はあたしを含めたメイド達が掃除するのに、あたしには「自分でやりなさい」だもんなー。メイド長のケチ。


「わあ、可愛いお部屋ですね」

「そ、そう?」


そんな事言われたことなかった。普段はお仕事あるし、外に友達がいるわけでもないから、当然といえば当然なんだけど。ちなみに「汚ない部屋」となら今年に入ってからだけでもちょうど120回言われた。その内115回はメイド長に言われてるけど。


「まあ、とりあえず座って。……じゃあ、その、あたしから少しお話したいことがあるの。……聞いてくれる?」

「はい。ぜひ、聞かせてください」






時刻は正午を回ったところ。

5月15日。この日、浅海あさみ かなでは「力」の一端を使うこととなる。






小さな豆知識その8


生徒会書記、境は最近、「積極的に会長に絡んでかないと存在がヤバい気がする……」と、説明しがたい危機を感じている。

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