最終話「歌を奏でて」
このお別れに、たくさんの言葉はいらないから。
クリスマスイブ。街は派手なイルミネーションと多くのカップルに彩られている。
「お姉ちゃんっ」
聖なる夜が、空ちゃんの存在を消していく。
「なあに?」
まだ消えないで。そう祈りながら。
「お姉ちゃんを……ちょうだい?」
「ええ」
私達は、恋人達の幸せの中でキスをする。
彼女しか、見えない。
彼女しか、感じられない。
「んぅっ…………えへへ」
「どうしたの? なんだか嬉しそうね」
「お姉ちゃん、これ見て」
雪の意匠のヘアピン。柔らかな髪を留める、小さな純白。
「可愛いわ。空ちゃんによく似合ってる」
「じゃあ……これは?」
ぶかぶかのコートの胸元。輝きを反射する、シルバーのネックレス。
「もう少し空ちゃんが大人っぽくなれば、ね」
「あっ、ひどーい!」
頬を膨らます仕草が愛しくて。彼女の頬を優しく撫でる。
「空ちゃんは……あったかいわね」
「ん……お姉ちゃんの手は、ちょっと冷たい」
互いの温もりを、取り換えるように伝えて。
「あたしはお姉ちゃんが……奏さんが好きです」
「私は空ちゃんが……歌撫ちゃんが好きよ」
再びの、キス。
すがり付くように身体を抱いて。
愛を与えるかのように求めて。
「「だから、ね?」」
続く言葉は二重奏。
空と海の、青い春。
「またいつかどこかで会おうね、お姉ちゃん」
「また会いましょう。空ちゃん」
もしもの恋が、彼女の笑顔とともに溶けていく。
「お姉ちゃんが、幸せに暮らせますように…………」
浅海 奏。
あらゆる事業に積極的に取り組み、世界に存在する資産の実に4割を保有しているとすら言われる先進企業、SeaSの代表。
高校生の時に代表の座について以来、10年に渡って経営の舵を的確に取り、社を急成長させてきた。
容姿端麗で頭脳明晰。恵まれた家庭環境に、幅広く深い交遊関係。全てを持ち合わせる、完璧な才女としても知られる。
自宅でブレンドしていたというレディグレイを好み、炭酸が苦手。
また、人前に出る時は公の場であっても必ず雪の結晶のヘアピンを髪につけるのも大きな特徴で、一時期雪のヘアピンは社会現象にもなった。
現在は高校時代の友人であり、SeaSの社員でもある、鹿野 絢斗の妻。夫との間には娘が1人いる。
その娘は、名を「浅海 空」という。
後書き。
作者の納涼です。
この作品は私の処女作であり、およそ3ヶ月に渡って書いてきました。
元々百合ではない予定だったのですが、私が描きたいものをイメージしていく内に同性愛が適しているんじゃないかと思い、このようになりました。
私の個人的な恋愛観ですが、人と人とが恋をして、愛しあう。それって、とっても苦しいことだと思うんです。
好きで好きで、相手を欲して、幸せを与えてあげたくて。そんな両想いの2人が最終的に幸せだけを得る。そんな、理想的なハッピーエンドは、本当に愛しあう恋愛にはあり得ない。そんな気持ちが、この作品を……奏と歌撫を生んだのだと思います。
可哀想だと思いながら、それでも私が2人を苦しめるしかなくて……泣きながら書いた日もありました。
最初から歌撫はいなくなってしまうと決めていたのに、同性でありながら奏に恋をさせてしまっていることに、何度も胸が痛みました。
最終話がこんなにも短く、心情描写もないのは、言葉を重ねてしまったら薄っぺらい最後になりそうだったから。彼女達は、私なんかが語れてしまうようなちっぽけな恋はしなかった。それは、間違いないことです。
それでも続けてこれたのは、読んでくださる皆様がいてくれたこと。2人の行く末を、見届けようとしてくれたこと。本当にありがとうございます。
彼女達の「存在しなかった恋愛」を最後まで見届けて下さった全ての皆様へ、感謝を。
青い二重奏の世界を作り出してくれた、登場人物のみんなへ感謝を。
それから。
奏と歌撫へ。
ありがとう。小説を書くことが楽しいと、そう思わせてくれて。
ありがとう。私の勝手な世界で懸命に生きてくれて。
幸せいっぱいの素敵な恋をさせてあげられなくて、ごめんね。
本当に、ありがとう。




